きっと君は気づかない

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 歯ブラシ片手にリビングに戻り、家族で追いかけるドラマを両親と共にラスト十分を見終えた。割とコメディ色が強いのに、今日はしっとりとハートフルな終り方だったなぁ、と思いながら洗面所に戻った。  好きなアーティストのエンディングにつられて、聞こえなくなったサビの先をつい、鼻歌で続けていた。一応扉を叩いて無音を確認した。  ――うがいをする間に途切れた鼻歌が、お風呂の中から続きが聞こえて。 「……ばか」  男が烏の行水なんてことはなく、永太は長風呂な方だ。例によって一番と二番の歌詞が入り繰っている。合っているのはサビに入るタイトルだけだ。  でも、ふっとおかしくなる。 「ばーか」  小声でもう一度。ご機嫌な永太の耳になんて、絶対に聞こえないだろうけれど。もともと、聞きたい言葉しか耳に届かないタイプだけれど。  と、そこでバスタオルがない事に気が付いた。これもまたか、と呆れる。さして広くない家の、狭い洗面所だ。ストックは一、二枚しか置けないし、なければ二階の箪笥から取ってくるしかない。  そういう確認を、永太はしない。しなくて済むように、なっていた。  一瞬、そのまま部屋に戻ろうかと思った。が、さすがに夏でもないから今日はまだ肌寒いし、入学式の前に風邪をひかれてはたまらない。    こんなんで、本当に大丈夫かと考えずにはいられないけれど。     
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