きっと君は気づかない

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 浴室は、湯気が残り、温かいままだった。  一通りを済ませて、湯船につかる。自動で動く保温機能は優秀で、黙っていてもお湯は四十三度だ。慣れた温度に、体の力が自然と抜ける。  お風呂は、声が響く。  だから歌うと気持ちよくて、声を大きくしたり、小さくしたり、合唱したりと皆で遊んだ。  お風呂は、狭い。  だから少し普通とは違う空間に、子供のころは何となくはしゃいだ気分になった。  お風呂は、温かい。  だからいつでも心が緩む。  永太はお風呂をカラオケにしている。侑香里にとっては、一人になれる大事な場所だ。  深く、息をつく。  分かっていない。  永太はちっとも、分かってない(・・・・・・)。  足を伸ばしてから、顔だけを残してお湯の中に沈む。入浴剤は使っていない。透明な水の中で、全身がお湯につかると、言いようもなく、温い。  深く吸った息も、吐き切った息も、同じ温度な気がするくらい。  瞼を閉じれば、明日のことが、もうすでに起こったことのように映像化された。  きっと――永太は明日、振り返らない。彼の前には、これから先の事しか映っていないから。  でも……当たり前だったし、それでよかった。  侑香里だって、少し前まではそうだったから。  侑香里は家を出なかった。もしかしたら、いつかは独立するにしても、まだしばらく先だと捉えていた。  そうして、大学を機に出ていく、永太を見送る立場になった、今。  ほんのちょっと先に社会に出て、家族と友達だけではない、数えきれない人たちと作るつながりを知って、少しだけ大人になった、今なら。  ――分かる。  門出を祝う心と――別離を惜しむ心が。
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