第1章

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 腐った人間より、綺麗な化け物でいよう。そう言ったのは誰だったか。眠い目を擦りながら考えても、全く思い出せない。その部分だけ、靄がかかっているかのように不透明だ。    ただその言葉が、頭の中で何度も繰り返し響いている。 「蒼生(あお)、来た」  リュウが小さな火の球と戯れながら言う。だがリュウが言うずっと前から、蒼生には彼女達が近付いていることはわかっていた。一、二、三、四人。ルーク、ビショップ、ナイト、そしてクイーン。特にクイーンは、五キロ離れていても彼女のSPを感じる。なぜかはわからない。彼女のSPだけが異質で、意識をぼんやりと薄めていても、薄氷をドリルで刺すように頭の中へと入ってくる。今は高速で移動しているようだった。身体に大きな負荷のかかる瞬間移動ではなく、体力は削るが負荷は少ない飛行の方を選択し移動してきているのだろう。蒼生達のいる場所から四キロ、三キロ、と除々に近付いてくる。  かつて国の中心部であったこの場所は、巨大なビルが立ち並ぶ街だった。首都、東京。眠らない街。栄光を極めた都市。そう、かつては。  今は、その半分が吹き飛び、もう半分は崩壊寸前の廃墟が雑然と転がっている。何もない更地を眺めれば、一年半前までビルに阻まれ、百メートル先すら見通すことができなかったのに、今では一キロ先まで見て取れる。  今の景色の方が蒼生は好きだった。以前は人の多さと空の狭さに窮屈しか感じなかった。だが景色は好きでも、今の世界が間違っていることは確かで、その間違いを正したいと彼は思っていた。例え目の前に広がる人間のいない静かで穏やかな廃墟がなくなったとしても。  蒼生は目を閉じた。街の姿を変えた力を全身で感じる。肌が二重になったように感覚を尖らせ、耳の奥の鼓膜の揺れを感じた。眼球を這う血流が巡りを早め、喉が砂漠のように渇く。  自分の中に宿る、SP。眼の色を変える、人間離れした、力。 「今回も、やっぱり駄目か?」  笙(しょう)悟(ご)の問いに、蒼生は苦笑いで返した。まだ見つめてくる彼を納得させるために、蒼生は右腕をあげ、視線の先に落ちていた石を宙に浮かせた。笙悟は覆い被さるように蒼生の顔を覗きこみ肩を竦めた。蒼生の両眼は、深い赤に染まっている。 「三日連続徹夜した後って感じだ」
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