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「なあ、君」
前髪をはじく寸前の位置で口吻が揺れる。唾液がかかりそうだが、所詮幻、強く心を保てば無いも同然だ。
「見えているんだろう?」
逆関節の後ろ足で器用に立ち上がると、毛の無い猿のような手を振る。妄想だ。霞にも満たない屁でもない。
「ふむむ、中々やるな。僕でも勘弁願いたい状況なのだが。ならこれはどうだ」
急に動きが変わり、炭鉱節を舞い始める。手首から先の動きにキレのある、熟練の踊りであった。
「だああああ!うっとおしいわ!」
「ほらやっぱり。見えているじゃないか!」
きらきらというよりギラギラと。凛花の瞳孔が怪しく拡大する。見開かれた目の表面が夕日を照り返し、トパーズのごとく光輝いた。
圧力に負けて後ずさる。ここまで熱烈に注視されたのはおぎゃあと生まれて以来であった。
「ああ見えるよ!見えますよ!それがどう」
「凄いじゃないか!テレパシーだ。僕のは誰でも持ってる力を人より多少上手く扱えるだけだが、君のは全く別の能力だ。どういう頭の構造をしているんだい?」
女声にしては低い伸びやかな語りだが、翻訳文学のような持って回った言葉の選びがそれをうさん臭いものにしている。 年齢性別相応などと精神に巣くう恐るべき頑固バクテリアにやられたようなことは言うまい。しかしこうも個性的だと、ただでさえ腫れものに触る扱いが更に悪くなりやしないか。
そんないらない心配をしつつ、適当に見せかけて慎重に話す。何故いきなり脳獣をけしかけるような真似をしたのか。
彼女はあらかじめ定に能力があると当たりをつけていたようだった。だとするならどこからその情報を得たのか。もちろん誰にも言ってはいないことだった。
「頭の中なんて開けたことないから分からんよ。お前はなんで人の机に脳獣なんて置いたんだ?趣味だったりするのか?」
「まさかまさか。伊藤さん、僕の保護者みたいな人が話していたのをちょっと小耳にはさんだだけさ」
ますます怪しげである。伊藤、というのが超能力者を保護するエージェントであるらしい。サイコキネシストと違い、現実にはなんら影響を及ぼさない定が超能力者であることをやすやす見破る。それなり以上の組織、まず国家クラスの職員であろう。
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