第3話

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第3話

 木々が織りなす闇の中でレオとシェリーは立ち止まっていた。降下装置からの応答が途絶えてしまったのだ。レオは内服している通信機で装置に呼びかけていたのだがそれが突然途絶えてしまった。 「なにがあったんでしょう?」 「わからん、応答が消えた、どこかに隠されたか。すでに…」  二人の会話を遮ったのは目もくらむような強烈な光、まぶしさに目を開けてはいられない。 「お待たせしました」声の主は綾。  警備会社への連絡は終わったようだ。 「こんなに暗くては何も探せませんよ」綾は両手に持つ、強力な懐中電灯の一つをシェリーに手渡した。 「あぁ、ありがとう」 「とりあえず、なにか手掛かりがないかさがしてみましょうか」 「そうだな」  一同はゆっくりと歩き始めた。懐中電灯の光を左右に振るが怪しいものは見当たらない。もっとも、懐中電灯の光が届く範囲など知れており、少し離れれば人目にはつかなくなる。レオには別の感覚があるのかもしれないが、彼も何かを発見したようすはない。シェリーのコネを使って人員を大量に動員すれば簡単だろうが、今回はそういうわけにはいかない。  半ば予想通り、何も不審なものは見つからず、雑木林を抜け、草地にたどり着いた。 「ここから持って帰るとしても、どこに持っていくんでしょうね。あの連中も拠点を持ってるんでしょうか?」と綾。 「奴らの拠点はこの近くにはない。ここから最も近いものでも七千光年は離れているはずだ。おそらく近くに停泊中の船に持ち込むつもりだろう」 「船、距離からして超光速船ですね。貴重な船と人員を割いてまではるばる強奪にやってくる。かなり重要度の高いものですよね。レオ様は一体何をここまで何を持ってきたんですか?」とシェリー。 「ふん、勘がいいな。聞きたいか?」とレオ。 「ええ。興味があります」 「危険物ではないですよね?」綾が怪訝そうに言う。 「危険物?そうかもしれないな。元はお前たちもよく知っている虫だが、遺伝子に手を加えてあるからもう別物だ。」 「あの飛んだり跳ねたりしてる虫ですか?何に使うんですか?まさか食べるとか?」 「その通りだ」  シェリーと綾は思わず、顔を見合わせる。 「まあ、さっきまで話していたように、わしらは他の恒星系の惑星探査、資源開発のため、この銀河内を飛び回っている。それこそ百や二百の規模じゃない。拠点建設のために本星系から資材を輸送していたのでは本星が干上がるばかりではなく、コストも莫大だ。そこで建設資材は現地調達、建設機器は使いまわし。経費は可能な限り削減する努力をしている。建設資材はどこも組成は似たようなものなので、それでうまくいく。問題は食料だ。さすがに現地調達は難しい。大半は微生物しか住んでいないようなところばかりだからな。今までは補給船に頼らざるをえなかったのだが、ついに解決策が見つかった」 「それがその虫なんですね」とシェリー。 「うむ、食料としてはかなり有望だそうだ。他からの問い合わせも相次ぎ、共同開発することになったのだが、奴らとは折り合いがつかず、交渉は破たんした。運んできた虫は試作品で、月施設で行われる共同体の会議で披露されることになっていた。補給船ならこのようなことにはならなかったのだろうが、虫の負担を減らすために定期便を選んだことがあだになってしまったようだ」 「あの大福たちは、レオ様の事故を知ってはるばる地球までやってきたということですか」 「いや、それはないだろう。わしがここに着陸したのは仲間しか知らん。たとえ、情報が漏れていたとしても、あまりに早すぎる」 「…ということは、この事故は計画的なものですか。大福たちはレオ様の降下装置の軌道を変えてここに誘導した。私たちのせいで作戦は少し遅れたものの予定通り荷物を強奪した」 「そういうことか!最近何かここで変わったことはなかったか?、なんでもいい」 「何かといっても、うさぎのことぐらい……、そういえば、レオ様たちは体の形を変えられるんですよね。小動物とかに…」綾は興奮していった。 「うむ、そうだ。」 「大福たちも同じことができるんですか?」 「大福、ああ、やつらも同じだ。色以外は大差はない」 「シェリー様、あのウサギたちです!雑木林の中をうろついてたウサギ!」 「ああっ!」シェリーは叫び声をあげた。 「なんだ、お前たちどうしたんだ?」 「ああ…一週間ほど前、急にこの島に白いウサギの集団が現れたんですよ。どこから来たのかわからなくて不思議だったんです。空か来たとしか思えないという話になってたんですが、ウサギは本当に空から来たんですよ。きっと奴らウサギに化けてここでレオ様を待ち構えていたんです」 「どこだ?そのウサギがいたのは!」 「こちらです」綾は答えると走り出した。  そして、一同は猛然と来た道を引き返していった。  屋敷から雑木林を貫き南側の草地へと延びる遊歩道。シェリーと綾の二人は過去にウサギを見かけた辺りから、木々の間をぬって林の奥へと入っていった。そのあとをレオが続く。 少し歩くと木々のない開けた場所に出た。広さは小さな駐車場のついたコンビニ程度で頭上はきれいに開けて、地面は下草のみとなっている。 「こんな広場があったなんて…」とシェリー。 「うわあ…なんですかこれは…」  懐中電灯の光を左右に動かしてよく見てみると、自然のものではないことはすぐにわかった。誰かが木々を伐採し、広場に整地したのだ。木が抜かれた跡はまだ新しい。  望みは薄かったが、二人とレオは辺りに何か手掛かりはないか探してみることにした。綾は乱雑な伐採のよって乱れた地面を見て歩いているうちに何かにつまずき、盛大に転んだ。危なく顔から地面に叩きつけられそうになったが、両手でかばったため、掘り返された土を少し味わうだけで済んだ。エプロンのポケットに入っていた虫よけ、殺虫剤や鍵などが派手に散らばる。 「いたたた…」  起きようとした綾だが、なぜか足が地につかない。空中でバタバタとしている。 「綾あなた、なにをやってるの?」  シェリーの眼にしたのは何もない空中に浮かんでひっくり返っている姿だった。足がばたばたと宙をかき、長いスカートがめくれ下着が見えそうになっている。  シェリーが綾を見えない障害物から抱き起こすと、レオは綾がいた辺りの空間を両手で掴み素早く引っ張った。何もなかった場所に横倒しで展開状態の降下装置が現れた。そして、レオの手元に灰色の布が現れた。薄くサテンのような輝きを帯びている。 「お前たちこういうものを光学迷彩といっていたな。これが実物だ。装置を隠すのに使ったんだろう。」  レオは布を投げ捨てると、転がっている降下装置の点検を始めたが結果は思わしくなかった。 「当然といえば当然だが、荷物は抜かれている」とレオ。 「私の地所散々荒らしまわり、お客様の荷物を盗んいくなんて…」  シェリーは怒りに任せて、足元の土塊を蹴り飛ばし始めた。フランス語の悪態やありとあらゆる汚い言葉を大声で叫びながら、足元の土塊を小石を蹴り飛ばしている。 「すごいな…」 「はい、まず、自分の思い通りにならないことはない方ですから、もう…」  懐中電灯の光の中で、土砂に砂利が罵声とともに噴水のような舞い上がる中、全く別の黒い塊が飛び上がった。  明らかに、自然のものではないアタッシュケースほどもある大きさの直方体。それはレオ、綾の目の前を通過し、降下装置のそばに落ちた。 そして、目の前に大福の集団が姿を現した。  彼らはまだ逃走していなかった。シェリーたちのそばに、光学迷彩の隠れ蓑の中に潜んでいたのだ。そこを怒りに我を忘れたシェリーに蹴り飛ばされ、姿を現すこととなった。  レオが飛び上がり直方体に張りついた。続いて、大福たちがレオに群がった。世にも珍しい非定型生命体同士の乱闘だ。大福に体格では勝るレオだが、多勢に無勢レオは見る見るうちに、直方体からはがされていった。 「あれね、お話にあった荷物は…」 「えっ?」  シェリーは争奪戦を演じるお菓子異星人たちの元へゆっくりと近づいて行った。  レオと大福たちがぬるぬると争奪戦をしているところに、人間の手が伸びてきた。シェリーの手だ。彼女は両手で直方体をつかむと力任せに振り回した。争奪戦は荷物にしがみつくレオとそれをはがそうとする大福という動きだったため、思いのほか簡単に決着がついた。直方体をとらえきれなくなったレオが大福もろとも剥がれ落ち、後方へと一塊となって落ちた。  シェリーは直方体にまたがり、そばにあった金属のスプレー缶を突きつけた。緑の地にゴキブリの絵が描かれている。 「おとなしくしなさい。私たちのことを研究しているなら、これのことも知っているわよね。殺虫剤、虫を殺す薬剤よ。これ以上ここで騒ぎを起こすようなら、この荷物を開放し、あなたたちの大事な虫たちを根こそぎ全滅させるわよ」  レオに群がっていた大福が左右に展開する。平たくへたっていたレオはプリンの形に戻った。大福はうねうねと動いている。 「動かないでじっとしてなさい。変な真似をすると、噴射するわよ」  シェリーに飛びかかっていくかと思われた大福たちだったが、予想外にあっさりと退いていった。彼らもシェリーの言っていることは理解できるらしい。  この場にいる全員が動けずにらみ合いが続いているところに、背後から低いファンモーター音が鳴り響いた。レオの降下装置の音に似ている。降下装置は倒れたまま動きはない。綾にも聞こえているらしくきょろきょろと辺りを見回している。そばに何かがいる。  音は次第に大きくなっていった。今は頭上から聞こえている。 「隠れてないで出てきなさい!」シェリーの声に応じて、それは姿を現した。  現れたのは巨大な黒々とした柿の種のような形の物体。ピリ辛のあられではなく、果実の種。それ自体ステルス機能を持ち、大福たちと同様に姿を隠していたのだろう。ファンモーター音とともに浮かんでいる船体の下部が開き、何かがせり出してきた。大量の鉄パイプを束ね、その後部にはいくつもの太いチューブが接続されているような見た目だ。シェリーは似たようなもの見たことがある戦闘機などに搭載されているガトリング砲だ。これはそれより遥かに大型で三つの関節を持つロボットアームに支持されていた。それは素早く動き、砲口をシェリーに向けた。  大福たちはさらに後ろに退いた。  綾はその場に座り込み動けなかった。 「シェリー、やめろ。もういい。そこをどくんだ。それが放つのは高出力レーザーだ。お前など簡単に熱分解してしまう。死んでしまうんだぞ!」レオの絶叫がシェリーの脳内に響く。 「やれるものなら、やってごらんなさい。私が熱分解するほどなら、このケースの中にいる虫たちもただでは済まないわよ。組成に大した変わりはないわ」  シェリーは頭上に浮かぶ物体をにらみつけた。  それに答えるように、いくつもの赤く光点が彼女の身体の上で揺らめき、一点に集約された。  すべてがまばゆい光に包まれた。シェリーはその光を一生忘れないだろう。その場に居合わせた全員が上空に見たのはまばゆいばかりの光を放つ飛行体。大福の飛行体の遥かに凌ぐ大きさの船体からロボットアームで支持されたレーザー砲が二門飛び出している。 「ご婦人方、いろいろ世話になったようだな。もう安心だ。落ち着いてくれ」 レオとは別の落ち着いた声が脳内に響いた。  シェリーは騒ぎがようやく終わったことを悟り、その場に座り込んだ。    大福の当初の作戦の置いては、目標を大きくずれて降下した単独のレオを襲い、荷物を奪い取り逃走する。レオは眠らせ、降下装置は海に沈める。待機させておいた飛行体で逃走するというものだった。しかし、シェリーたちの出現によりすべては瓦解した。  大福は何も得るものもなく帰って行った。  レオはあの騒ぎの中、救援に駆けつける共同体関係者に状況を中継していたようで、彼らは島に着いた時は既にすべての状況を把握していた。彼らはシェリーたちの協力に謝意を示し、足早に島を去っていった。虫は少し弱ってはいたが無事だった。  怒りに任せて虫の入った直方体をけり上げたシェリーの足は甲の骨が折れていた。ギブスが取れるまでまだしばらくかかる。全治一か月というのが、医者の見立てだ。来客などには模様替え途中に花瓶が足に落ちてきたと話している。  共同体からは今回の礼にと家庭電源で駆動するハイテク虫よけが提供され、テラスは以前より快適なものとなった。どういう原理かわからないが虫は寄ってこなくなるのだ。台所に出ていた黒いやつまでいなくなった。  今夜も星は美しい。 「シェリー様。イチゴがたくさん届きましたので、まず今日はイチゴのモヒートを作ってみました」綾がシェリーのそばにカクテルのはいったグラスを置いた。 「きれいな満月ですね。あそこに本当に異星人が基地を作って住んでいるといっても、誰も信じないでしょうね」 「私たちだって、二週間前なら笑っていたわね」シェリーはほほ笑んだ。 「そういえば、レオ様がどこから来られたか、お聞きしませんでしたね?」 「そうね、惑星探査のお仕事の話は聞いたけど、お星のことは聞かなかったわね。またお会いする機会もあるでしょう。その時のお楽しみにしておきましょう」
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