第1話

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「これが流れ星の正体だったようですね」 「そのようね。真っ黒に焦げてるわ」  突然の出来事にしばらく放心状態でその場に座り込んでいた二人だったが、程なく流れ星の所在を探索することが決まった。自分たちの地所で山火事が起こったらたまったものではない。流れ星は屋敷からまっすぐ島の南端へと飛んで行った。二人も同様に南端まで歩き、流れ星による火の手が上がっていないか見て歩くつもりだった。  元流れ星の所在は簡単に見つかった。雑木林を出てすぐの草地。そこで発見されたのはドラム缶ほどの大きな金属の塊、表面は煤けて、判別不能の文字の痕跡もあり明らかに人工物である。その流れ星のなれの果ては草地に深くめり込んでいた。 「スペースデブリっていうのでしょうか。朝になったら洲本実業さんに連絡しておきますね」 「それより警察か消防の方のほうがいいと思うわ。こういう物の扱いは私たちではわからないわ」とシェリーは答える。 「はい、警察と消防ですね。連絡は朝になってからでいいですよね?今から来ていただくのは気の毒ですし」  シェリーの答えはなかった。 「シェリー様?」  シェリーは闇に包まれた雑木林を眺めていた。そちらに関心が移っているようだ。何を探しているのか、屋敷から持ってきた強力な懐中電灯を左右に動かし雑木林を照らしている。 「ねえ、うさぎって夜行性だったかしら?」そう言ってシェリーは手元の懐中電灯を左右に動かした。円形の光が対になる小さな輝きをいくつか照らし出す。特徴的な耳を持つ小動物。数羽の白いうさぎがこちらの様子をうかがっているのがわかる。 「それはわかりませんが、私たち同様、うさぎたちもあれに驚いて飛び出してきたんじゃないですか?」 「まあ、そんなところなのかしら、それにしても好奇心旺盛なのね。私たちが現れてもこちらの様子を観察してる。性格も大胆そう」 「ええ、妙に人慣れしてるのか、それとも脅威と感じていないのか」  このうさぎたちはシェリーたちにとって謎だった。最近この島に突然現れたのだ。空を飛ぶことも、海を渡ることもできそうにないのにこの島に現れ住み着いている。入り口となる桟橋には鉄扉、そこから屋敷までは警備センサーまみれ、他はアクション映画に出てきそうな断崖絶壁に囲まれている。自然の要塞と化しているこの島に何者かが忍び込むうさぎを放したのか。ばかばかしさを感じはしたが、シェリーは速やかに警備装置の総点検を依頼した。結果は異常なし。うさぎは空からおりてきたのではないかという話になった。馬鹿な話だがうさぎはいる。 「もういいわ。帰りましょう。連絡は明日の朝でかまわないわ」  それだけ言うとシェリーは屋敷に向かって歩き出した。 「戻ったら熱いコーヒーを部屋まで持ってきて、今日はもうそれで終わりでいいわ」  綾の返事はなく、代わりに甲高い金属音がした。 「シェリー様…」綾の戸惑ったような声。 「それは冷めた金属がきしんだ音よ。もう帰るわよ」 「いえ、絶対におかしいですよ」 「何がおかしいというの…」イラつき気味に振り返ったシェリーは言葉を失った。  綾の説明を聞くまでもなく、黒焦げのドラム缶の様子はおかしかった。  ドラム缶の中央部に緑色の燐光による帯が現れていた。最初細かった燐光の帯は次第に幅が広がり、同時にファンモーターを思わせる唸りが聞こえてきた。それは五十㎝ほどの幅まで広がり止まった。唸りは止まらない。やがて、燐光の帯の中央に切れ目が入り、ドラム缶はそれを境に上下でゆっくりと分離を始めた。ドラム缶の背面が蝶番になっているようで、上部構造はそこを軸にして開いていく。それはまるでドラム缶の姿をした巨大な二枚貝。燐光のおかげで上下構造部の中央が窪んでいるのがわかる。そこが収納スペースかと思われたが、少なくともシェリーには何もないように見えた。  ドラム缶のうなりが消え、上部構造も動きを止め、光も消えた。 「止まったわね。すぐに警察に連絡よ。帰りましょう」シェリーはドラム缶から視線を外さず後ずさりを始めた。 「シェリー様、これって急に脚とか鉤爪が出てきて襲い掛かってくるとかないですよね」綾がひきつった声で言った。 「いやなこと言わないで!帰るわよ」  再びドラム缶から音がした。今度はシャンパンか何かが弾けるような音。そして内部から黒い液状の物が噴き出してきた。液体は周囲にこぼれて、流れ落ちることなく、窪みの中で積み重なっていく。  その様子を見てついに二人は慌てて逃げ出した。 「待ってくれ!」男の落ち着いた声が聞こえた。  二人は思わず立ち止まり辺りを見回した。しかし、誰もいない。 「姿は怪しいかもしれないが、危害を加えるつもりはない。落ち着いてほしい」  落ち着いた中年男性といった雰囲気、少し横柄なところも感じられる声だが、どこに隠れているのか付近にそのような人物の姿は見当たらない。 「ここだ。ここだ」と何かをたたく音。  シェリーが音のする方向へと視線を移すと、そこにはバケツサイズのゴマプリンといった風貌の物体。ゆらゆら揺れるその物体の中央に落書きのような顔があり、両側からは短い触手のような腕が生えている。ゲーム内でよく見るスライムそのものである。それの触手がドラム缶を盛んに叩いているのだ。ドラム缶の中に座っているところ見ると、さっき噴き出してきた液体の正体がこの物体なのだろう。 「さっきこの惑星に降りてきたところなんだが、ここがどの辺りなのか教えてもらえないか?」ゴマプリンはいった。  あまりの展開に戸惑い二人は言葉が出なかった。突然現れたゴマプリンに居場所を聞かれるなどありそうにない。 「どうも降下予定だった場所と違うようなのだ。ここがどこか教えてもらえないか」 ゆらゆらと揺れ両手を上下に振って、本当に困っているように見える。 「兵庫県洲本市…佃島町…1丁目です」と少しひきつった声で綾が答えた。 「ん…あぁー…。いや、もっとかなり大雑把に言ってくれないか?」 「日本です。そのちょうど真ん中付近で、アジアの東端、太平洋の西側に当たりますね」  その言葉にゴマプリンの動きは凍り付いたように止まった。 「お客様はどこに降りられる予定だったんですか?」どう呼びかけて良いか分からなかった綾はゴマプリンにこう呼びかけた。お客様、便利な言葉。 「アメリカのワシントン州と呼ばれている場所だ。カナダとの国境付近仲間に迎えに来てもらう予定だった。」 「まあ、そこなら太平洋を渡った向こう側ですわ」  ゴマプリンと会話を続けていた綾だったが、シェリーが会話に加わらずこちらをじっと見つめていることに気が付いた。にらみつけているといったほうが正しいかもしれない。   ゴマプリンにこの場所のことを教えたことがいけなかったのかと考える。 「シェリー様…どうかないさいましたか。」そこ声はさっきゴマプリンに答えたよりもひきつっていた。  しかし、シェリーの放った言葉は遥かに斜め上。 「綾!あなたいつからフランス語がわかるようになったの」 「えっ!私は日本語しか話せませんよ」それは本当だった。綾がシェリーのメイドをやっていられるのも、シェリーの方が流暢な日本語を話すことができるからである。 「何を言ってるの!あなたはさっきからこの方とフランス語で話し合っているじゃない」 「私もお客様も日本語しか話してませんよ」 「ああ、お前たちそれはわしが原因だと思うぞ」落ち着いたゴマプリンの声。 「へっ?」 「どういうことですか?」 「お前たちが今聞いているこのわしの声は、耳からのものではない、わしの翻訳機を介して聴覚中枢に直接信号を送り込んでいるのだ。そのため特に言語を指定しない場合は、その者が一番親しんだ言語で理解されるため、複数の者を相手にするときは聞こえてくる言語が全くバラバラになる時があるのだ」 「こうすると、どうだ」ゴマプリンは両手を合わせた。 「あら、日本語が聞こえるようになりましたよ」 「そうだろう。言語をその家政婦が使用するものに合わせたのだ」そう言ってゴマプリンは綾を腕で示した。 「シェリー様に合わせればフランス語ということですか」 「うむ、そういうことに…ん…」途中まで言いかけてゴマプリンは黙り込んだ。  ドラム缶内部の燐光が瞬く。ゴマプリンは何かに聞き入っている様子だった。 「何?……わかった…よろしく頼む…」 「ん…悪いが、この辺りにこの降下装置を目立たず置いておける場所はないか?」ゴマプリンは自分が座っているドラム缶を腕で示した。 「仲間に連絡はついたのだが、予定外の場所でこちらに迎えに来るまで少し時間がかかるというのだ。それまで荷物は目立たぬようにしておいてほしいというのでな」 「転送装置ですばやく回収とはいかなんですね」と綾。 「それはおまえテレビドラマの見過ぎというものだ。似たような装置はあるがそれほど便利なものではない。とにかく明け方ぐらいまででよいのだ。どこかないか?」 「私のところでよければ」とシェリー。 「この島には私とメイドの綾しか住んでおりません。空き部屋にその降下装置を置いておけば目につくことはありませんわ」 「おお、それは助かる。この星ではあまり目立ちたくないのでな」 「それはお任せください。この島には何者も無断で入ることはできません」 「それは頼もしい。では行くとしようか。案内してくれ」ゴマプリンの声で降下装置が揺れだした。  装置の下部から八本の短い脚が伸び、めり込んでいた穴から抜け出した。  シェリーを先頭に降下装置に乗ったゴマプリンがついていく。それは荒れた地道を音もなく揺れもせず器用に歩いていく。 「うわぁー、すごいですね」綾は降下装置の動きにしきりに感心している。 「お前たちも似たような物は持っているだろう」  ゴマプリンは思いのほか地球のことを知っているようだ。  
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