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第2話
降下装置は無事、空き部屋に安置された。
念のため、シェリーと綾は屋敷および島の警備の再確認を行った。これらは、ゴマプリンの派手な降下を見たものが興味本位で島に近づき侵入をはかる恐れがあるためである。夜間飛来する来客のヘリコプターなどをUFOと思いこみ、騒ぎになったのは一度や二度ではない。
警備装置などはすべて正常に作動していた。これで彼女たちに気づかれず島に侵入することはできないはずだ。二人は安堵し応接間へと向かった。
ゴマプリンは自らをレオと名乗った。レオナルド・デカプリンその名を聞き、シェリーは愛想よく笑ったが、綾は冷笑で答えた。
レオたちは地球を含め、他多数の惑星探査を進めているという。地球と同じようにまず高性能の望遠鏡で探査、そして期待が持てそうな惑星には探査機を送り込み詳細なデータ収集を行っているらしい。初期は自分たちの恒星系に限られていたが、超光速機関の開発の成功と、自立航行が可能な探査機の建造により、その範囲は飛躍的に伸びた。今は、他の恒星系へと探査の手を広げている。最近は有望な惑星に拠点を設けさらなる遠方の探査へと乗り出している。
「では、レオ様たちは既に地球に拠点をお持ちなのですか?」シェリーが尋ねた。
「拠点はお前たちが月と呼んでいるそこの衛星に設置してある。そこから地球や他の惑星などに調査に出向いている」
レオは銀器のケーキ台座の上に、レース模様の台紙を座布団代わりに座っている。体の小さなレオに合う椅子がなかったため綾が用意したものである。台座はコーヒーテーブルの中央に、それでようやく全員の視線が無理なく合うようになった。
レオは綾の入れたコーヒー両手で抱えて、飲みつつ答えた。味などはわからないが色は気に入っているらしい。えらく地球になじんでいるのでそれを尋ねてみると、探査は五十年ほど前から始まっていたらしい。
「船などは月の施設においてあるんですか?」
「小型の物が置いてある。この近辺だけなら光速は必要ないからな」
「こちらまで乗ってきた船も月に停泊中ですか」シェリーは応接間から見える夜空に目をやった。綾もつられてそちらに目をやる。
「あれは共同体の財産で運用だけで莫大な経費が掛かる。わしだけのために船など出してくれるものか。補給船に眠らされて荷物と一緒に詰め込まれるだけだ。幸い、ここは最近定期便の航路に追加された。今回は丁度それを使えたが、このありさまだ」
「思ったより大変なんですね」と綾。
「うむ、実際はお前達の見ているドラマや映画のようにいかないものだよ」
「レオ様は私たちのことをよくご存じですね」
「お前たちはこの星では一番力を持っているようだからな。生き物の中では重点的に調査している。おかげでこのように会話ができる。もっとも、このようにお前たちと呑気に話をしているのは仲間もいい顔をしないかもしれないが…」
「まあ、どうしてですか?」綾が心配そうに言った。
もう二人ともコーヒーどころではない。
「極端な話だが、この星に雲よりも巨大な我々の船が突然現れたらどうなると思う」
「もう大パニックでしょうね。大喜びする人たちもいなくはありませんが」
「そうだろう。交流を持とういうものもいるが、そこは慎重にいかないと、騒ぎを起こしては探査がやりにくくなる。ここまで降りてくる通船を見かけただけで大騒ぎになっているようだからな。だから、大型の施設や船を月においてあるんだ」
「では、なぜ私たちに声をかけたのですか?あのまま私たちがいなくなれば、私たちはレオ様のことなど知らずにいたでしょうに」シェリーは浮かんできた疑問を口にした。
「それは…まあ、事故みたいなものだな。本来あの降下装置は降下過程で十分に速度を落とし、脚出して軟着陸するのだ。後は自走して目立たぬところへ移動し、迎えを待つ。中は窮屈なので小動物などのふりをして、外でくつろいでいる時もある」
「小動物のふりってなんですか?」綾は尋ねた。
「こういうことだ」そういうとレオの解け始めた。
レオの体は粘土細工のように変形を始め、手足やしっぽ、それに耳などが生え黒猫の形に変わった。色を変えることができないが、目など模型を取り込んでおけば近寄ってもわからないぐらいに精巧になり済ましができるという話だった。
「まあ、今回は何があったのか速度が落ちず、着陸態勢も整わないまま地表に激突したわけだ。そのため、わしはしばらく気を失っていた。そうしているうちにお前たちがやってきたのだろう。わしは外の様子も確認しないうちに装置を開放した。そして聞こえてきたのは『すぐに警察に連絡よ。帰りましょう』の声だ」
「あれはすみませんでした。怖かったものですから」シェリーは恥ずかしそうに言った。
「謝ることはない。しかたないことだ。しかし、こちらとしてはそんなもの呼ばれてはたまらない。その一心で声をかけたのだ。思いのほかうまくいって助かっている」
「結局、補給船で来たほうが楽だったんじゃないですか?」
「綾!」シェリーが綾をにらみつける。
「それを言われると、なんともなあ…」
「まあ、そのおかげで私どもこうしてお話しする機会もできたのですし…」綾をにらみつけ、シェリーが必死のフォローをいれる。
気まずい空気が流れる中、応接間に警報音が鳴り響く。同時に二人のスマホの呼び出し音もなり始めた。警報装置アプリからのものだった。
「一階客間二号室に侵入警報?」綾は警報の内容が信じられない様子だった。
「レオ様の降下装置が置いてある部屋よね」シェリーもスマホの画面に見入っている。テラス側に窓のセンサーが反応しているようだ。
「ええ…」
「誰でしょう。こんな夜中に…」
それは島の桟橋からこの屋敷までの警備装置をすべて突破し、客間に侵入していることを示している。シェリーたちが気にしていたのは興味本位で島に近づいて来るものたちであって、警備装置を欺けるような手慣れた侵入者ではない。非常時二人はパニックルームへと逃げこみ、救援を待つ手筈となっている。幸いまだそのような事態に遭遇したことはない。
「ぼんやりしている暇ない。確かめに行くぞ」
レオは残っていたコーヒーを飲み干し、テーブルにカップを置くと、素晴らしい跳躍力でドアノブに飛びつきドアを開く。
「レオ様!」
シェリーが止める間もなくレオは室外へと転がり出て行った。転がり跳ねる彼は思いのほか早かった。二人は恐る恐る彼の後を追った。
客間の扉が派手に開け放たれる音が聞こえたが、それっきりで銃が乱射されることもなく、乱闘が始まることもなくただ静寂のままだった。
侵入者は既に逃走した後なのか。シェリーたちは確かめるために客間を覗き込んだ。
そこでは実に奇妙な世界が展開していた。レオと降下装置に群がる多数の白い塊。その塊は洗面器ほどの大きさの雪見大福といったところか。双方ゆらゆらと揺れながら、対峙している。レオと出会い言葉を交わした後とあって、シェリーは瞬時今目の前で展開している事実を理解した。あの雪見大福たちが侵入者なのだ。
「何者です!あなたたちは!」シェリーは物陰から飛び出し、雪見大福たちを怒鳴りつけた。
「我々は宇宙人だ」このセリフを実際に聞けるものはまずいないだろう。
全員がにらみ合い凍り付いたような状況の中で、最初に動いたのは雪見大福たちだった。彼らは降下装置を素早く横倒しにすると、全員で担ぎ上げ、開け放たれたテラス側の窓から外へと飛び出していった。逃走を阻止しようとレオが飛びかかったが、最後尾の大福が素早く窓を閉めたため、その強化ガラス激しく激突し、にべったりと張り付く結果となった。
「なかなか頑丈にできているな」とレオ。
「あの方たちは何者ですか?」シェリーはレオを窓からはがしながら尋ねた。
「ライバルというか、商売敵そんなところだ。とにかく、追いかけなくては…」
「追いかけましょう。綾、あなたは警備の方に今の警報は誤報ですと、連絡しておいて。鳥が窓に衝突しましたとでも言っておけばいいわ」
「はい、シェリー様」
綾は端末が設置してある台所へと向かった。
「お前も来るのか?面倒なことになるかもしれないぞ」
「すでに面倒なことになってますし、ここは私の地所です」
「わかった。では追いかけるとしよう」
レオとシェリーは外へと出て行った。
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