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二人は話しながらビルを出ると、少し路地に入った蕎麦屋に向かった。
【そば処 露庵】
営業中の看板と共に、お昼時という事もあり少し並んでいた。
最後尾に2人は並ぶと、店の入り口にあるお昼のメニューを眺めた。
「うーん、鴨汁南蛮も捨てがたいな……。結花は何にする?」
「確かに捨てがたいよね。私はどうしようかな……」
千香の言葉に結花ももう一度メニューに目を落とした。
5分ほどして、二人は店内の2人掛けの席に案内をされた。
それほど大きくはない店内は、お昼時のサラリーマンやOLでにぎわっていた。
注文を済ますと、千香はお茶を一口飲むと結花を見た。
「で?樋口主任とどうなのよ?」
「どうって。どうもないよ」
ごまかすように視線を逸らした結花に、千香は大きなため息を吐く。
「樋口主任、このごろ今までに増して人気よ。いいの?」
「いいのって言われても……」
樋口晃 28歳 この会社の中核である海外事業部の主任に20代で抜擢されるほどの優秀な人だ。
そしてさらに、180cm近い身長に、切れ長な瞳とサラリとした黒髪、クールな印象を持つが、とても優しい性格の晃は女子社員からの人気も高い。
「もう何年?片思いして」
千香は頬杖をつくと、そんな結花を呆れたようにジッと見た。
「……5年」
「まあ、長い片思いだこと。えーと?なんだっけ?高校3年の時に、高校のOBの樋口主任がバスケ教えに来てくれたんだっけ?」
千香は昔結花に聞いた話を、思い出すように聞いた。
「うん。すごくカッコよかった。主任は就職も決まってたから、結構長い時間見てくれて」
結花は思い出して小さくため息を吐く。
「で、会社も追いかけて入った訳だ。まあ、入れたのがすごいけど……すごい執念」
千香は運ばれてきた天ざるの海老天を口に放り込むと最後は呟くように言葉を発した。
「執念って……」
「だって本当の事でしょ?5年も見ているだけって。会社まで追いかけたんだから告白ぐらいすればいいのに」
「まあ、そうなんだけど……猛勉強したし。就職試験はまぐれのような気がするけどね」
結花自身もこの拗らせすぎた長い片思いを、どうしていいかわからなくなっていた。
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