カイブツの王女

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カイブツの王女

 深い深い森の奥。昼間でも薄暗い、魔物の森。頑丈そうな石造りの建物から、大きな音が響きます。  太い鉄格子の外に、何人かの大男が怒鳴って、鞭をふるっていたのでした。「カイブツ蟻!」「てめえなんざ一生嫌われものだ!」  ひどい言葉の中、錆び上がった鉄格子の奥にその姿が見えます。  長い触覚、大きくて鋭い目、バケモノのような口……漆黒の身体を痛そうに縮めて。暗闇も相まって、真っ黒な塊にも見えます。 「痛みを知れ! 野蛮な貴族め!」  ばちん、再び鞭を叩きつけられました。しかし、身体は随分と固いようです。血の流れる様子はありません。激しい痛みに耐える姿は、ひたすらに時が過ぎるのを待っているようでした。 「明日、王国で見せしめを行う。これ以上ひどい仕打ちをされたくなかったら、せいぜい言うことを聞いてるんだな」  捨て台詞を残し、大男たちは暗い森に消えて行きました。  静かになるまで、怪物は身体を縮めたまま。まるで怯えているように、そろそろと首を伸ばして外を見やります。  月に一度のこの時間が、辛くてたまらないのです。  ここでの暮らしは酷いものでした。  食事はありません。お腹が空いても死なないから。寒いときも暑いときも、ずっと外。話す人もいません。鉄格子には不思議な力があって、壊すことも触ることもできませんでした。  絵本、おもちゃ、お菓子も、その楽しさは夢に消えて。不清潔で汚い部屋の中ですることと言ったら、こうやって縮こまるくらいでした。  彼女にとって一番辛いのが、誰にも触れられず、また、温もりも感じられないこと。  いつかの日のように、ふかふかのベッドで眠り、子守歌を聴く……そんな日をぼんやりと願っていました。  誰もが冷たく、忌み嫌うカイブツ。  私はカイブツ。    名前さえ忘れてしまって、自分が誰なのか、それすらも解らなくなってゆきました。  一人寂しげに、誰かが歌ってくれた子守歌を口ずさむのです。  ――――遠い記憶、おぼろな面影。美しい少女の姿。呪いによってカイブツにされた哀れな王女――――。  今日も王国の子供たちは、そのカイブツを邪悪の対象として勉強をします。剣の腕を磨きます。  リーシャは、国民を支配していた悪しき女王として、朽ち果てた王座に君臨したのです。
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