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平日で、あいにくの曇り空ということもあってか、ひとのまばらな公園。
そこにある桜の木の下に、桜色の着物を着た、齢20歳ぐらい、少し痩せた感じのお姉さんが立っていました。
***
あら、私が見えるのですか?
ふふ、ちょっと怖がっているみたいですね。大丈夫ですよ。危ないものは埋まっていませんから。
私は、こんなこと言っても信じてもらえないかも知れないけど、この桜の木の精霊です。
せっかくこうして会えたのですから、思い出話でも聴いて行きませんか? 見える人は珍しいものですから、お話をしたくなるものでしてね……。
***
私はもともと、今は目の前に見える湖に沈んだ村のお寺さんにありました。
とても豊かで平和な村で、春ごとに私は花を咲かせて、村のみなさまを楽しませていました。それが私の誇りでした。
日本で大きな戦争が起こった時も、私は春になると花を咲かせ続けました。
それが私の誇りでしたから。
やがて戦争が終わり、焼け野原にも建物が建ち始め、復興への道を歩んで行きました。
この村も、農業が盛んになり、活気がわいていました。
ところが、復興が思いのほか早く進んだために、日本中で電力が足りなくなって来たのです。
ここも例外ではありませんでした。そこで、それを補うために、ここの少し下流……、ほら、見えるでしょう? あの大きなダムが作られることになったのです。
ダムができれば、村が水の底に消えてしまいます。村の人達は反対運動を起こして戦いました。
私も反対でした。このまま村と一緒に沈んでしまえば、もう、花を咲かせることはできなくなってしまいます。
村に電気会社の人たちが来るたびに、私は何度もにらみつけてやりました。しかし彼らはそれに気づくことは無かったのでしょうか、村の人に何度追い返されても、彼らはやってきて、話し合いを続けました。
後で聞いた話ですが、電気会社の人たちは、土下座までして頼み込んだそうです。
その交渉は続き、私が7回目の花を咲かせた頃、電力の安定した供給のために必要だからと、ついに村の人たちは折れました。
同時に、私の運命も決まりました。村と一緒に湖に沈んでしまうんだって思うと、涙があふれそうになりました。
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