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龍峯さんは通話を終えると「すみません」と再び私を見た。
「今もう1人会社の者が来ます」
そう言われてもますます混乱するばかりだ。
「あの……どうして私なんですか? 婚約者のふりだなんて、他にも頼めば協力してくれそうな人はいくらでもいるのに」
龍峯さんは爽やかなルックスで大手に勤めている。年も20代後半といったところだろうか。頼めば婚約者のふりをしてくれる女性は周りにたくさんいそうだ。お金を払いさえすればそういったプロの人だって雇えるのに。
「実はカフェであなたを知って、僕の家族に紹介して納得してもらうにはあなたが1番適任だと思いました」
ということはこの人はカフェに来たことがある人なのだろうか。私はこの人と初めて会ったのに家族に紹介してもいいと思うなんて怪しいことこの上ない。
「どこがそう思うんですか?」
「気が強いあなたなら僕の親にも負けずに機嫌を上手い具合に損ねてくれそうです」
「はあ……」
気が強い……未だかつてそんなことを言われたことはなかった。どちらかというと気が弱いと言われてきたのに。
「それなら私には絶対に勤まりません……」
そう言ったとき龍峯さんが出口に向かって手を上げた。その視線の先を見ると1人の男性が入り口からこちらに向かって歩いてきた。
「あ! え?」
歩いてきた男性に見覚えがあって思わず声を上げてしまった。ダークグレーのスーツに銀フレームのメガネをかけた男性はカフェによく来るイケメンだった。
「お待たせしました」
私たちのテーブルの横で頭を下げ挨拶をすると、すぐに顔を上げた男性は私の顔を見て目を見開いた。
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