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「何今の歌」
お風呂から出てきた夫は目こそまだ腫れぼったいが、いつもの夫だった。
「花粉症のバラード」
夫は澄まして言う。
「バラードですらない」
「いいの。俺がバラードだって言ったらバラード」
「めちゃくちゃな」
「真似するなよ。いつかCD出すんだから」
「売れないと思うけど」
「売れる。雨降れ雨降れ スギとヒノキをぶっ飛ばせ」
「さっきと歌詞違くない?」
「違くない」
夫は私の意見を黙殺して歌う。
「ついでに課長も流れちまえ」
「いや、課長と何があったのよ。いいからご飯食べて」
「課長とはいつもある。あ、この歌がヒットしてもあんたに印税あげないよ。うっひっひ。雨降れ雨降れ。ざぶざぶざぶ」
お風呂じゃないせいかさっきの方がうまく感じる。
「雨乞い雨乞いざーぶざぶ」
「そんな歌詞、なかったじゃん」
「あった。あ、これ美味いな」
「市販の褒めるのやめて」
顔をしかめると夫はにやにや笑って、魚もまあまあだななんて言う。可愛くない。いつもの夫だ。花粉シーズンは特に顕著だけど、お風呂に入ると夫は変わる。体の汚れと一緒に色々なものを流すからかもしれない。
「さて、あたしお風呂入る」
「片付けとく」
「よろしく」
共働きだから家事は平等。私の方が早く帰るから正確には私の方がちょっと多め。体洗って湯船に浸かるとああ、気持ちいい。体の中の冷たく凝り固まった何かが流れ出す。ふっと口からついて出た。
雨降れ雨降れ
ざぶざぶざぶざぶ
あーめー
あーめー
ざぶざぶざぶ、ざぶざぶざぶ
雨乞いせよせよ 偉い人
がらっと戸があいた。夫が顔をのぞかせる。
「歌ったな。金寄越せ」
花粉も課長も疲れも流して夫は幸福そうに憎まれ口を叩いた。
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