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彼は、私に対して礼儀を尽くした。ここに来て、初めて私を人間扱いしてくれる人に出会えた。
「あなたは、モーツァルトさんのことをどう思っていましたか?」
彼は、ある日の診察で、私に問うた。
「どうって・・・・・・友人でしたよ?」
「仲の良い?」
「は? ・・・・・・はい」
私は少しためらいがちに答えた。
「付き合っている間に、何か、ありませんでしたか? あなたの印象に残るようなことが?」
「それは、何も・・・・・・なかったわけではありませんが」
私は、そのとき思い出した。今は遠い過去の話を。
モーツァルトは私を嫌っていた。徹底的に私を馬鹿にしていた。
だが、私は、天才と付き合っていくためだ、と、自分に言い聞かせ、本心を出さないようにした。
正直に言えば、自分をこれほどに嫌い、こき下ろす人間を、好きなわけがない。
そうだ、私はモーツァルトのことを、実は我慢ならないと思っていた。実は嫌いだった。大嫌いだった。
あんな音楽だけしかできない大馬鹿者を、好く人間がいるわけがないだろう。
だが、彼は私の好む音楽を書いた。そのどれもこれもが、私を驚愕させた。
彼は間違いなく大天才だ。そう確信していた。
だから、彼を失いたくないばかりに、私は自分の本心を徹底的に隠した。
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