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「はい、私初めて聞きました」
「そうかい、こりゃ有名だと思ったがね」
しかし、無理もないと省三は思う。見た所、彼女の年齢はまだ三十にも届いていないようだ。
きっと世代が違うのだろう。だから、知らずに珍しがるのだ。
詳しく聞きたがる彼女にどこか得意になって、省三はその話を教えてやった。
「まあ、そんなお話があるんですか……」
「今の若い人は知らんだろうがね。昔はよくコレで人をからかったもんだ」
酒の力で幾分か陽気になった省三はげらげらと笑う。
女も良い話を聞いたと思ったのか、にこにことして熱心にその話を聞いていた。
実に良い夜だ。そう思い、省三はとてもいい気持だったが――翌日、その快さは冷水をぶちまけられたかのように消え去ってしまった。
朝刊の事件欄に載っていた、ある顔のせいで。
そう。その顔は紛れもなく、昨晩会話をした彼女だったのだ。
「ああそれ、酷い話よね。その子が彼氏にある冗談を言ったら、それで彼がカッとなって衝動的に殺したんだって。でも、どんな冗談だったのかしらねえ」
妻の言葉に、省三は震える。
(ああ、あの時俺が調子に乗らなければ)
窓の外には、満開の桜並木が広がっている。
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