桜の下で

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聞いたことがある。日本人は、自分を保てないほどに悲しいとき、感情のバランスを取るために笑顔を見せるそうだ。 その話は本当なのかもしれない。僕は口角を上げながら泣き続けた。 「あのー、大丈夫ですか?」 何分経ったかあるいは何十分経ったか、その場で立ち尽くしていると、いつの間にか誰かが側にいた。 彼女は肩に掛けた鞄から、ポケットティッシュを差し出す。街中で受け取ったものだろう。小さな広告が挟まっていた。 「すみません、大丈夫です。お気持ちだけ頂きます。」 上着の袖で涙を拭って、彼女の顔にピントを合わせる。 暖かい微笑み、降り注ぐ桜の香り、柔らかい春風。 一瞬、本当に色が戻ってきたかと錯覚した。 「よかったら、お茶でもしませんか?」 瞬きのあと我に返った僕の口からは、予想だにしない言葉が飛び出ていた。 今振り返っても顔から火が出そうになるが、少なくとも今は後悔をしていない。 ──────────── 「あの時の僕は間違いなくおかしかったけど、初対面の男に二つ返事でついてくる君も中々だよなあ」 昼下がりの喫茶店、客が少なく落ち着いた雰囲気の中で、向かいに座る彼女を見やる。 「んー、私の座右の銘は一期一会だったりするんだよねー。 それこそ、一目惚れってやつなんじゃないの? 尤も、あなたもアタシに一目惚れしちゃってたみたいだけど?」     
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