江川卓 引退

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引退するまで長年肩痛にくるしんでいた江川卓は引退時に「ここに打ったらもう二度となげられなくなるという(禁断のツボ)に中國鍼を打ち、投手生命がおわった」とコメントして物議を醸しだした。この年は13勝5敗防御率3.51とまだやれるのにと思ったファンも私を含めて多かったと思う。通算成績は巨人では在籍9年135勝110敗3S通算防御率3.02であった。 一瞬に輝く花火みたいな野球人生だった感がある。1987年11月、江川卓の現役引退表明でした。その会見をテレビで見た西本聖は、「なぜ引退するんだ。俺の目標はどうなるんだ!」と、尋常ではない落胆ぶりだった。モチベーションを失った西本聖は翌年度は4勝しかあげられず、中日ドラゴンズにトレードで移った。 この年の巨人軍はセ・リーグで2位の中日ドラゴンズに8ゲーム差をつけて優勝している、チーム成績は76勝43敗11分と3年リーグ優勝であった。打撃コーチに山内一弘 元中日ドラゴンズ監督が就任し、熱心な指導で3番から7番まで(クロマティ・原辰徳・吉村禎章・篠塚利夫は0.334で首位打者のタイトルを広島東洋カ―プの正田幸三と分け合っている}・中畑清)3割打者が並ぶ強力打線を形成した。またその後を打つ捕手の山倉和博も22本塁打を打ち「恐怖の八番打者」という異名をとった。投手ではすったもんだの挙句獲得した2年目の桑田真澄が15勝6敗防御率2.17で最優秀防御率を獲得した。 日本シリーズでは森祇晶監督が率いる西武ライオンズと戦い西武ライオンズが4勝2敗読売巨人軍を下している。巨人の日本シリーズで負けたわけは緩慢な守備に大きいとされている。工藤 公康(くどう きみやす)現福岡ソフトバンクス監督が活躍しMVPを獲得している。 日本シリーズ第六戦で9回表最後の守りについた清原和博は泣いていた。その姿を見て驚いた二塁を守っていた先輩の辻発彦が「オイ、しっかり目をあけんかい」。辻に両肩をたたかれてハッパをかけられても、あふれ出る涙を止めることができなかった。胸中にいろいろな思いががあったのだろうもらい泣きをして後輩数人とクールな投手の東尾修も泣いていた。秋山幸二がボールをキャッチすると歓喜の中に無我夢中で飛び込んだ。
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