第五章

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「こう言ったらなんだけど、俺の家はいわゆる裕福な家庭ってやつでさ。大学まで附属してる私立の名門の幼稚園にお受験で入って、そのまま高校まで出た。小さい頃から塾に行って、家庭教師もつけてもらって、勉強なんて出来て当たり前の環境だった。それなのに、周りの大人からは、優秀だ、偉い、これで会社は将来安泰だって、褒められてさ」 「それは……」 圭介が優秀なのは、本人の努力があるからだろう。それを、圭介は自分の恵まれた環境がそうさせたと思っているのだ。 「本気で宇宙飛行士になりたいって思ってたはずなのに、だんだんと、このまま附属大学を出て、就職して、親の期待通りの人生の方が良いのかな、思い始めた。目指したって、宇宙飛行士になんかなれるわけがないって思うようになってさ……」 圭介は笑っていた。その表情を見ていられなくて、祐一郎は俯いた。 「E大に進学したのは、せめてもの抗い。でも、夢は諦めたんだ。いや、諦めたなんておこがましいな。夢に向かっていくだけのパワーが、俺になかった」 「…………」 思ってもみない圭介からの告白に、祐一郎の心がはざわめく。圭介は、祐一郎と違い、要領がよく、自信があって、何だって叶えられる人と思っていた。 「だからあの日……、祐子ちゃんに駅で会った時、お守りにしていたコンドライトを渡したんだ。ごめん、夢を諦めた奴のお下がりだなんて知りたくなかったよな……」 「そんなこと……」 祐一郎は大きく首を振る。 「私……、むかしから自分に自信がなくて、ここぞという時にいつも失敗しちゃうんです。その積み重ねで、本番っていうとその前からダメになっちゃって……。あの日も、第一志望だったE大の試験の前に、駅で動けなくなって……」 そこに現れた圭介に、どれだけ救われたことか。あの日……だけじゃない。このお守りに、圭介の言葉に、何度も助けられている。 「このお守りを持っていると、『絶対、大丈夫』って言われているような、そんな気持ちになる」 「そっか……、それなら、良かった」 祐一郎の言葉に、嬉しそうに笑う圭介の顔が眩しくて、胸がとくんと高鳴る。 「ごめん、長居しちゃったな。そろそろ行こうか」 と立ち上がった圭介に続き、祐一郎も慌てて腰を上げた。自分の過去を打ち明けてくれた圭介に、祐一郎も勇気を出して打ち明けるべきだ。しかし、祐子として接する圭介は優しくて穏やかで、ずっとこのままでいたいと願ってしまう。少し前を歩く圭介の大きな背中を、祐一郎はそっと見つめた。
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