第五章

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行きほどの大雨ではないが、外はまだしとしとと雨が降っていた。お昼前に到着してから数時間、たっぷり科学館を堪能し、時刻はもう十七時近くなっている。ほとんど渋滞にはまることなく、慣れ親しんだ界隈に戻ってくると、どこかで夕飯を食べようという話になった。できれば雨に濡れずに、車も停められるとなると限られてくる。特にお互いこだわりもなく、幹線道路を走行中に見つけた適当なファミレスに入って、夕食を摂った。あとはもう圭介を家まで送るだけだ。 ――もう、お別れか……。 昼前から一緒にいたのに、圭介ともっと話をしていたいと思う自分に動揺する。 ――これは……、友情……? 圭介に笑いかけられるたび、胸がドキドキする。人付き合いが苦手な祐一郎には、この胸の高鳴りが親しい友人に対して普通にあることなのか、恋愛感情のようなものなのか、よくわからない。これまで、祐一郎にとって友人とは、その時その空間で共に過ごすもので、時と共に流れゆくものだった。同じ学校だから、同じクラスだから、同じ方面に住んでいるから、その時は同じ時を共有する。卒業という形で、その枠組みから外れれば、そのあとは疎遠になる。そういうものだ。 ――また……会いたいな……。 圭介の家へと送る道すがら、祐一郎は生まれて始めて感じた感情に戸惑っていた。 「今日はありがとう」 そう言うと、助手席に座る圭介は、ドアに手を掛けながらにこりと微笑んだ。圭介が降りる頃には、小康状態だった雨は止んでいた。 「こちらこそ、今日は楽しかった。それじゃあ……圭介くん、お元気で……」 もうこうして会うことはないかもしれない。そう思い、大袈裟にならないように、でも気持ちを込めて別れの挨拶をした。祐一郎の言葉に、圭介は面食らったような表情になる。 「これで終わりみたいな言い方、寂しいな。また予定が合えば気軽に飯食ったりしよう。連絡する」 最後に祐一郎の頭をぽんぽんと撫で、圭介は降りていった。 「………はっ」 圭介が降りた車内で、祐一郎は無意識に止めてしまっていた息を吸った。 ――頭……、撫でられた……。 他にも何か言われていた気がするが、まだ頭の中の処理が追いつかない。それよりも早く発進してここから立ち去らねばならない。圭介は、発進する車の邪魔にならないよう、マンションのエントランス前に立つと、見届けるつもりなのか中には入らずにこちらを見ている。落ち着かない心臓を抱えたまま、祐一郎はとにかく車を発進させた。バックミラーをちらりと確認すると、圭介がどんどん小さくなっていく。 「……………はあ」 呼吸を整えながら、聞いてもいないカーラジオの音量を上げ、運転に集中しようと試みる。ラジオからは、何語かわらないが陽気な音楽が流れていた。思考をシャットダウンし、祐一郎は無心で家までの道を運転した。
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