第六章

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第六章

学期末の試験も終わり、大学は夏休みに入った。夏休みに入ってすぐ圭介に誘われたのは、河川敷で行われる花火大会だった。 「ぐえ……、結構苦しいね……」 「ゆるいと着崩れちゃうからね」 花火大会に行くなら、と亜美が用意してくれたのは濃紺の生地に朝顔や桜、菊花があしらわれた花柄模様の美しい浴衣だ。亜美が持っている物の中では一番落ち着いた色味の浴衣らしい。ボブのウィッグは三つ編みが施され、左サイドに花の髪飾りがついている。 「ありがとう、亜美ちゃん」 「この数か月で、私のスタイリストとしての腕も格段に上がってますから!」「本当に、お世話になってます……」 祐一郎が圭介と出掛けるたびに、服を選び、化粧を施してくれているのは亜美だ。圭介と会うことを毎回悩む祐一郎に、「もっと気楽に考えなよ」と明るく話を聞いてくれたのも。亜美がいなければ、圭介との仲がここまで深まることはなかっただろう。 大きな河川敷で行われる花火大会の会場までは、電車を一度乗り換えて三十分ほどだ。圭介とは、会場の最寄り駅で待ち合わせをしている。会場の最寄り駅改札口を出ると、祐一郎が見つけるより先に、圭介に声を掛けられた。待ち合わせ時間通りには着いたが、圭介はそれよりも早く着いていたらしい。 「浴衣、かわいいね」 会って一言目から、笑顔でそう言われ、祐一郎は顔が真っ赤になった。 ――浴衣の柄のことだよね。僕だって、亜美ちゃんに見せてもらった時、かわいいって思ったし。 念じるように自分を説き伏せても、火照った顔が治まらない。俯きつつ、会場へと流れる人の波に乗って少しずつ進んだ。会場には、すでに多くに人が詰めかけ、場所取りをしている。普段は広々とした河川敷の散策路も、今日は観覧エリアと歩道を規制し、一方通行にしていて狭くなっていた。 「祐子ちゃん!」 突然圭介に呼ばれ、顔を上げる。 「あ……」 俯きながらぼんやりと歩いていたので、端に立っていた警備員にぶつかりそうになっていた。避けなくては! と思った瞬間、圭介に腕を引っ張られる。胸元によろけた祐一郎を、圭介はしっかり抱きとめてくれた。
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