第七章

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「西6号棟3階、化石鉱物カフェですー! お願いしまーす!」 二人で声を出しながら、理学部のキャンパスを進み、学内の中心部まで来ると、正門から多くの人が入ってくるのが見えた。さらに文系の学部の方も行こうという広瀬に、嫌だとは言えずについていく。 用事がないため、めったに来ることがない文系キャンパスは、さらに女性が増え、華やかな雰囲気だった。ところどころで盛り上がる学生たちの声が聞こえ、出店の立ち並ぶ通りはお昼時ということもあって、各テントに行列ができていた。混雑したエリアに足を踏み入れてから、祐一郎と広瀬は後悔し始めた。あまりの人の多さに、戻ることも進むことも困難で、宣伝をすることもままならない。どうにかここから抜け出そうと進んでみるが、しばらくすると、広瀬と離れてしまった。祐一郎からは、熊の着ぐるみが看板を持っているので見失うことはないが、広瀬からは小柄な祐一郎は見えていないかもしれない。 もう少しで、この混雑したエリアから抜けられそうだ。逸る気持ちから、少しよそ見をしていた祐一郎は、目の前から来た人に派手にぶつかってしまった。 「わっ……! ご、ごめんなさいっ」 ぶつかった衝撃で、持っていたビラが何枚か落ちる。自分よりも大柄な人にぶつかったせいで、体重の軽い祐一郎は後ろによろけてしまった。倒れる! と思った瞬間、相手の持っていたビラが舞い、咄嗟に伸びてきた腕に支えられ尻餅をつくことはなかった。 「すみません! ありがとうございます」 お礼を言いながら見上げると、そこには見知った人物が驚いた表情で立っていた。 「祐……子ちゃん……?」 「あ……」 ――嘘…………。 至近距離で、視線が絡み合う。抱きとめてくれたのは、圭介だった。 「大丈夫……?」 驚きながらも、心配そうに祐一郎を覗き込む圭介は、以前と変わらない優しい表情で祐一郎を見下ろしている。夏以来、久しぶりに間近で見る圭介は、相変わらず精悍な顔立ちで、格好いい。何か言わなくては、と思うのに、驚きで体が固まってしまった祐一郎は、壊れそうなくらい脈打つ心臓が苦しくて、声が出せない。同じ大学であれば、すれ違うこともあるだろう。ぶつかったことは不自然ではないはずだ。 ――でも……。
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