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「お前! 女みたいで気持ち悪い!」
「チビ! 男女~!」
小学生同士の、無思慮な言葉の応酬。幼い頃から小柄で、引っ込み思案だった日野祐一郎は、同級生から心無い言葉を浴びせられることがよくあった。言い返すこともできず、泣き喚くこともできず、いつも笑って誤魔化していた。吐き出すことができずに心に溜め込んだ言葉たちは、鋭利な刃物となって、祐一郎を傷つける。何度も何度も、同じところを傷つけられると、やがてそれは深い傷に変わっていった。
成長し、子どもっぽい揶揄の対象から外れても、祐一郎の心の傷は癒えることがなかった。小柄な体型は相変わらず成長は緩やかで、同性の同級生たちが男らしく成長していく中、祐一郎は取り残されたような気がしていた。低いとは言えない声音、ひょろりとした軟弱な体形。女の子と間違われることが多い、甘く可愛らしい顔立ち。そんな自分に自信がなくて、俯いてばかりだった。
『祐ちゃん、変身してみない?』
亜美が、祐一郎にそんな提案をしてきたのは中学の頃だっただろうか。亜美は、同じマンションに住んでいる同い年のいとこで、幼い頃から姉弟のようにして育った。仕事でほとんど家にいない両親にかわり、一人っ子の祐一郎を育ててくれたのは、亜美の両親である叔母夫婦。そんな伯母夫婦に迷惑をかけてはいけないと、控えめな性格はさらに拍車をかけた。そんな祐一郎のそばに寄り添い、支えてくれたのは亜美だ。
最初は、亜美の思い付きによるお遊びだった。
「いっそのこと、祐ちゃんの外見を最大限に生かそう!」
亜美が先輩にもらったという制服のお下がりを着て、二人で出かけた。最初は街中での視線が気になり、抵抗があったが、いつもとは違う人間になっているという錯覚が、祐一郎の思考回路を麻痺させた。
祐一郎と同じ、一人っ子の亜美は「祐ちゃんかわいい! 双子の妹ができたみたい!」と言って喜んだ。亜美の嬉しそうな笑顔が眩しくて、亜美が喜んでくれるなら、と祐一郎は着せ替え人形に徹した。
女の子にたりたい、と思ったことはない。それでも、明るい色味の服、亜美が施してくれる化粧で、祐一郎は生まれ変わったように全く別の人間になれた。
ひらひらと可愛らしい服を靡かせて、視線を上げると、街がいつもより輝いて見える。買い物や映画、亜美の行きたいスイーツのお店への同伴など、男では憚られる場所でも、堂々としていられる。この時だけは、臆病で、引っ込み思案な性格が少しだけましになった。
亜美と一緒に、女性の恰好をして出かけることが、いつしか祐一郎にとってストレス発散になっていた。そして伯母夫婦も、そんな祐一郎の変化を穏やかに見守ってくれた。時々、姉妹のようにして出かけていることは、家族以外の誰にも言えない、秘密の遊びだ。
――それに、今は僕にはこれがある。
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