第七章

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数秒の沈黙。それを破ったのは、呼び声だった。 「日野――?」 「圭介――?」 前方から聞こえてきた声に、二人で振り返る。すぐ近くで祐一郎を呼んだ広瀬は、祐一郎に気付くと手を振りながら近寄ってくる。 「日野! 良かった。はぐれたかと思った」 探すのによく見えないからだろう、着ぐるみの頭を取った広瀬が、呑気に手を振って近づいてくる。まずい、そう思った時には、抱き寄せられたままだった圭介の手に力がこもった。 「日野……?」 表情の読めない顔、平坦な声で、圭介が祐一郎の名字をなぞるように静かに呟く。 ――どうしよう、どうしよう、どうしよう。 圭介の視線から逃げたい。しかし腰を支えられていて、簡単には逃げ出せそうになかった。 「圭介? 大丈夫?」 近寄ってきた女子学生が、圭介に声を掛ける。同じサークルの女子なのだろう。圭介が、一瞬そちらに気をとられた瞬間、祐一郎はするりとその腕から抜け出すと、広瀬の腕を引いて走った。ぶつかった衝撃で、辺りに散らばったビラのほとんどは、祐一郎を咄嗟に抱き上げてくれた圭介が持っていたものだ。 「どうしたの? 知り合い?」 という女子学生の声が遠くで聞こえる。ちらりと視線を向けると、散らばったビラを拾う女子学生をよそに、圭介はただ呆然と立ち尽くしていた。理学部のエリアまでくると、祐一郎は掴んでいた広瀬の腕を解いた。機敏な動きがしにくい着ぐるみの状態で、どうにかついてきた広瀬は、汗だくだった。様子がおかしい祐一郎に、広瀬は心配そうな表情だ。
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