第八章

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楽しみだった金曜4限は、祐一郎にとって憂鬱な時間に変わってしまった。小さく溜息をつき、こそこそと教室に入る。まだ、教室内に人はまばらだ。席はたくさん空いているが、祐一郎はあえて後方の隅に座った。 「ここ、いいですか」 「あ……、は、はい」 そう声を掛けられて反射的に了承する。まだ、教室内は空いていて、選ぶ余地はたくさんあるのに、敢えてここに座るという人の顔を、祐一郎はそっと伺った。 「……っ! けっ、けい……」 思わず、名前を呼びそうになり、口を噤む。前期は、文系キャンパスから移動してくるためいつも時間ぎりぎりだった圭介が、こんなに早くこの場所にいる。後期は、三限の授業を取っていないのだろうか。 ――でも、なんで……。 関わらない、そう決めたのに、向こうからやってきてしまった。おろおろと挙動不審気味の祐一郎に、圭介は隣で気だるげにスマホをいじり始めた。座ってもいいか、と尋ねたきり、圭介の興味はこちらに向いていないように感じた。意識しない、と思えば思うほど意識してしまう。圭介に近い、右腕がぽかぽかと温かく、そこに心臓があるみたいに、拍動しているような気がする。 そして、気持ちを落ち着かせるために、無意識にポケットを探る手は、虚無を掴んだ。何度だって、自覚する喪失。コンドライトは、この手をすり抜けてどこかへ行ってしまったまま戻らない。 90分間、散漫になりそうな気を集中させ、どうにか教授の話を頭に入れた。圭介は、授業が終わるとさっさと教室をあとにする。偶然ではなく、あえて隣に座ってくる。そこにどんな理由があるのか、祐一郎には全くわからない。何かを、言ってくるわけでもなく、ただ授業中、隣に座る。そんなことが四週も続いた。季節は、12月になっていた。
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