第九章

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缶に入った石に話しかけるように、祐一郎は呟いた。圭介は何も言わず、ティッシュペーパーの箱を差し出してくれた。涙を拭き、気まずい視線を圭介に投げかけると、圭介もこちらをじっと見ていた。 「あ、あの……、取り乱してごめん……」 何か言わなくてはと口を開いたが、何から話したら良いかわからず言葉が続かない。その様子を見ていた圭介が躊躇いがちに口を開いた。 「ずっと大事にしてくれてること、知ってたのに……ごめんな」 「…………っ」 その一言に、必死で探してきた不安な日々の全てが報われた気がして、また涙が込み上げてきた。何も言えずに、ぐずぐずと泣き続けてしまう。 「もう、泣くなよ」 苦笑する圭介に、頭をぽんぽんと撫でられた。懐かしいその感触に、胸がきゅっと痛くなる。圭介は、どこまで理解しているのだろう。こうして話をしようと家に入れてくれたということは怒ってはいないのだろうか。いや、それは祐一郎の説明次第だろう。怒り、軽蔑され、追い出されるかもしれない。しかし、何と思われても、女性の恰好で会い続けたこと、突然目の前から消えた理由を、きちんと説明し、謝るべきだ。そう決意し、そっと顔を上げると、圭介もこちらを真っ直ぐに見つめていた。 「あの……、僕……、僕の方こそ、本当にごめんなさい……。今日、話をしようと思ってたんだけど……」 「祐子ちゃんが、日野、なんだよな……」 優しく微笑む圭介の表情。一番言いにくかったことを圭介が口に出してくれたことで、祐一郎は少し安堵した。 「うん……。あの……その、僕は……、むかし女顔だ、男らしくないって言われて、ずっと自分に自信がないんだ……。見かねた亜美ちゃんが、それを逆手にとって変身してみたらって言い出したのがきっかけで、亜美ちゃんの服を着て一緒に出掛けるようになった。そうすると、自分じゃないみたいに前を向いて歩けるようになって……」 「そうだったのか……」 「でも僕は、女の子になりたかったわけじゃないんだ……。自分以外の人になれれば、なんでも良かった」 神妙な面持ちで聞いてくれる圭介に、祐一郎は続ける。 「圭介くんと再会できて、本当に嬉しかった。僕もずっと会いたいと思ってたから。でも、あの日から女の子だと思われてたなんて、思ってもみなくて、訂正できずにずるずる会い続けて……」 「いや……、俺の方こそ、勘違いしてごめん……」 その言葉に、祐一郎は首を振る。 「もっと早く、僕がきちんと伝えていれば、圭介くんを混乱させることはなかった」 「そのことだけどさ……」と言うと、圭介は座り直し、居住まいを正した。 「俺は……、駅で会ったあの日からずっと、日野のことが忘れられなかった。街で偶然出会ってお守りを拾った時は本当に驚いて、このチャンスを逃したくないって思って、強引に誘ったんだ……。たぶん、最初から日野に惹かれてたんだと思う。だから、好きになるのに時間はかからなかった。それで……、告白、したんだけど……」 「うん……」 しかし、告白をした相手は、祐子だ。祐一郎ではない。どんなに好きでいてくれたとしても、圭介が好きになってくれた祐子という人間は、そもそも存在しない。申し訳ない気持ちがこみ上げてきて、祐一郎は項垂れた。 「本当にごめんなさい……。祐子じゃなくて、ごめんなさい……」 「日野は……、俺のこと、どう思ってる?」 「え……?」
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