第九章

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「…………っ!」 一度は驚いて飛び退いた祐一郎だったが、あまりの羞恥に、また目の前の硬い胸板に顔を押し付けた。やっと冷めてきた頬の火照りは再熱し、耳まで熱くなっている。上から、ふっと笑ったような吐息が漏れるのが聞こえ、さらに恥ずかしくなった。 「お腹空いた?」 「…………そうみたい」 ずっと、空腹を感じる余裕もなかったが、考えてみれば観測会で軽くつまみや菓子を食べただけで、食事らしい食事をとっていない。 「俺も腹減ったな。近くにコンビニがあるから、何か買いに行こう」 圭介は、胸元に埋もれる祐一郎の頭をぽんぽんと撫でると、近くに置いてあった上着を肩にかけてくれる。圭介に構われるのがくすぐったくて、嬉しい。むずむずとした気持ちが抑えられず、つい口元が緩んでしまう。二人でマンションを出る。繁華街にも近い、駅近のマンションのため、深夜一時を過ぎた時間でも歩いている人とすれ違う。 「寒……っ」 時折吹く北風が、体を芯から冷やした。縮こまりながら歩いていると、圭介に肩を抱かれる。 「くっついてる方が温かいから」 「で…でも、人に見られるよ……」 「暗いから、大丈夫だよ。それに、こんな夜更けにいちゃついてるカップルなんて、誰も気にしないよ」 にやりと笑う圭介に、祐一郎の顔はまた真っ赤になった。その様子に、圭介は「カップルでしょ?」と念を押し、嬉しそうに空を見上げる。 「オリオン座だ」空気の澄んだ冬の星空。明るい東京の空でも、一等星は煌々と輝いて見える。南の空に並ぶ三ツ星を、祐一郎もその目で捉えた。 「ベテルギウスに、リゲル……」 圭介が呼ぶ星の順に、祐一郎も視線を動かす。赤い星ベテルギウス、青白い星リゲル。その近くに、シリウスとプロキオンも見つけ、冬の大三角形を夜空に描いた。明るい都会の空の下からは、圭介がくれた冬の星座図の缶に描かれた星の全てを、この目で捉えることはできない。それでも、冬の夜空に浮かぶ、缶に描かれた星々を、二人で見上げた。 「きれいだね」と呟くと、「今度、二人で満天の星空を見に行こう、一泊で」と悪戯な笑顔で言われ、祐一郎の顔は再び真っ赤に染まった。 『宇宙には果てがあると思う?』と聞かれた時のことを思い出す。宇宙の果てがどうなっているのか、有限なのか無限なのか、それはまだわからない。そんな、果てしなく広い宇宙の、小さな星で、コンドライトが繋いだ奇跡。奇跡のような今がずっと続きますように、と祐一郎は星空に願った。
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