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「これ……、君の?」
何か言わなくてはと思うのに、祐一郎は口を大きく開けたまま動けない。
「えっと……人違いだったらごめん。E大の受験日に、駅で会った……よね?」
会った。間違いなく会った。ずっと忘れられずにいた彼が、祐一郎の目の前にいる。「あの……」と言いかけたものの、何と続けたらいいのかわからず、口ごもる。そんな祐一郎を、彼は焦らせることなく穏やかに見つめてくる。彼から放たれる優しい空気が、あの受験当日に凍り付いた体をゆっくり溶かしてくれたことを思い出させた。祐一郎が口を開く前に「え! ちょっと待って!」と声を上げたのは亜美だ。
「もしかして、祐ちゃんが第一志望のE大受験日にいつものように緊張から震え出して吐きそうになって、駅のベンチに座り込んだまま三十分が経過したところ、声を掛けてくれて、お水くれて、大学まで一緒に行こうって言ってくれたけど、やっぱり震えだした祐ちゃんにお守りくれて颯爽と去っていったっていう……人?」
「ええと、そう……です」
亜美の迫力に驚きながら、肯定した彼に、祐一郎は震えそうになった。
「うそ! すごい偶然! 祐ちゃん、良かったじゃん! もう一度会いたいって言ってたでしょ! こんな偶然出会えるなんて、奇跡? いや、運命? あ、私この子のいとこでの原亜美って言います」
「……吉田圭介です」
亜美につられて、彼も自己紹介をする。
――名前、圭介くんって言うんだ……。
亜美のマシンガントークにも爽やかな笑顔を見せる圭介を、祐一郎はそっと見上げた。ずっと脳裏に焼き付いて離れなかった、彼の顔。『絶対大丈夫』と言ってくれた、あの声。祐一郎にとって忘れることのできない、魔法の言葉だ。
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