第二章

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あの時、駅前に座り込んだままでは試験会場に行けなかったかもしれない。どうにか辿り着いたとしても、外で体を冷やしたことで体調を崩し、試験中に離席することになっていたかもしれない。そんな未来予想図が容易に想像できた。圭介とこのお守りのおかげで、祐一郎は試験を無事受けることができた。そして第一志望だったE大に合格した。 いつも、ここぞと言う時に緊張してしまい、失敗ばかり。それゆえに諦めがちで、うまくいかないことばかりだった祐一郎の人生において、それは初めての大きな成功体験だった。圭介からもらったお守りを手にすると不思議と、落ち着くことができた。『絶対大丈夫』そう言われている気がした。感謝してもしきれない、祐一郎にとっての恩人だ。見つかるはずないと思いながら、いつも心のどこかで「彼」を探していた。見つけられたところで、声を掛けられる度胸は自分にないと知っていても、探すことをやめられなかった。合格発表の日、入学式、入学してからの一年と少し。そもそも同じ大学にいるかどうかもわからない、何の手がかりも、情報もない「彼」を、祐一郎はずっと探していた。その「彼」圭介が目の前にいる。祐一郎は、涙が出そうになるくらい、胸が熱くなるのを感じた。 ――でも……。 出会えた嬉しさの興奮が少し治まってくると、じわじわ困惑の気持ちが広がっていく。 ――僕は、女の子だと思われてたのか……。 小柄で女顔の祐一郎は、亜美によって女の子の格好をしていなくても、ときどき、女性を間違われることがあった。あの日は、学ランの上に、紺色のロングのダッフルコートと、赤を基調としたチェックのマフラーをしていた。座っていたので、わかりにくかったのかもしれない。 最初は、落としたお守りを見て、あの日助けた人物だと気がついたのだろう。しかし、あの日の人物を男性だと思っていたならば、今の祐一郎に本人かと問うはずがない。 ――どうしよう……。 亜美の話を聞いた圭介に、今更人違いだと言えば、話がちぐはぐになってしまう。この格好の自分が、あの日の自分だと認めてしまうということは、圭介に何もかも嘘をつかなければならなくなるということだ。嘘をつく心苦しさはある。しかし、本来人見知りで、引っ込み思案な素の自分が、うまく話ができるとは思えない。この格好でいる時の方が、圭介と話ができる気がした。 「その節は……、お世話になりました」 覚悟を決めて開いた口からは、さらりとお礼の言葉が出てきて、少しほっとする。圭介の目を見て、深々とお辞儀をした。 「あの、これ……、お守り、ありがとうございました。あと、あの時のお茶のお金、やっぱりお返しさせてください。本当は、きちんとお礼をしなきゃいけないと思っていたんですが……」 もし、いつか会うことができたら、返そう、返して、お礼をしなければと思っていた。全てを言い切ってそっと圭介を見上げると、少し困ったような笑顔で、頬を掻いていた。迷惑だっただろうか、と途端に不安になる。しかし、圭介からの返答は、祐一郎が予想もしないものだった。 「あの……さ、お守りもペットボトル代も返してもらわなくていいんだ。……良かったら少し話せないかな。実はずっと、君がどうしているか気になってた。お礼なら、コーヒー1杯で十分だから」 そう言ってはにかむ圭介は、少し照れているように見えた。 「いいじゃない! ほら、そこにカフェもあることだし! ささ、行きましょ」 亜美に背中を押されて、近くにあったカフェに入店する。休日の夕方近くで、店内は混みあっていたが、ちょうど入り口近くの2席が空いた。
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