第二章

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「ここ! ここにしましょ! あ、お邪魔な私は一足先に帰るからね。じゃ! 祐ちゃん、しっかりね~~」 亜美は、早口でまくし立てて祐一郎の肩を力強く叩くと、こちらの返事も聞かずにお店を出て行ってしまった。 「あ……亜美ちゃん……」 取り残された瞬間、緊張と不安で、倒れそうになる。知らない人を前にすると、言葉に詰まる。愚鈍で、表情が暗いと責められている気がして、委縮してしまうのだ。無意識に、拾ってもらったあと、そのまま手に持っていたお守りをぎゅっと握りしめた。 ――大丈夫。深呼吸、深呼吸……。落ち着いて……。 暗示をかけるように、激しく鼓動する心臓に呼びかける。そんな祐一郎の不自然な間にも、圭介の纏う空気は穏やかだった。その雰囲気に、祐一郎の緊張も少しずつほどけていく。 「あの、わ、私、買ってきます! コーヒーでいいですか? アイス? ホット?」 「アイスがいいかな。ありがとう」 圭介の笑顔に安心して席を立つと、アイスコーヒーを二つ買って戻ってきた。 「ありがとう。あの、突然ごめんね。いとこさんも帰っちゃって……」 「いえ、あの……大丈夫です。亜美ちゃんとはよく会うので……」 よく会うどころではない。同じマンションに住んでいて、夕食を食べに亜美の家に行くことも多く、おそらく圭介が想像するよりも会っているはずだ。 「あの、改めて、その節はありがとうございました」 「あ、いや。こちらこそ。ずっと気になってたから、良かったよ。試験は、うまくいった?」 「おかげさまで……」 「あの、もし良かったら名前を聞いてもいいかな?」 「あ……! すみません。名乗りもせずに失礼しました。ええと、ひ……」 と言いかけて口を噤む。 ――だめだ、日野祐一郎じゃ……。 「あの、あ……有川祐子(ありかわゆうこ)です」 有川は、母の旧姓だ。咄嗟に思いついた名前を、どうにか口から発する。それと同時に、嘘をついてしまったという罪悪感が、ちくりと胸を痛めた。 「祐子ちゃん。じゃあ、俺も改めて……。吉田圭介です。E大の政治経済学部二年」 「あ、わ、私は理……ええと、E大の英文科です」 しどろもどろ答える祐一郎に、圭介は優しい笑みを向けてくれる。まだ、祐一郎が緊張していると思っているのかもしれない。慣れない嘘をつき続けることに、胸が痛み、背中に冷や汗が流れる。
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