第二章

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E大の英文科に通っているのは、亜美だ。本来祐一郎が通っているのはE大学の理学部の地質科学科で、マイナーかつかなり地味だ。女性は圧倒的に少なく、男性ばかりでむさ苦しい。思わず、ぱっと浮かんだ亜美の学科を答えてしまったが、これ以上何かを口に出したらボロが出そうで、何も言えなくなる。もともと口下手だが、さらになにも出てこない。 「祐子ちゃんは、何か好きなものある?」 「えっ……」 自己紹介をしたあとはすっかり黙り込んでアイスコーヒーを吸っていた祐一郎に、圭介が尋ねる。嘘を重ねる必要のない質問に安堵して、口を開いた。 「散歩……かな。天気が良い日は、池とか海岸とか、山にもたまに行きます」「街歩きじゃなくて、自然派なんだ?」 「地形とか地層とか見るのが好きで」 「地層……?」 「あ…………」 ――まずい……やってしまった。 祐一郎の返答に、圭介は驚いた表情でこちらを見ていた。その顔に、回答を間違えたと悟る。 ――そうだよ……英文科に通う女の子の設定なのに地形と地層が好きって……。 大学で地質学科を専攻したのは、昔から地層や地形に興味があったからだ。 長いこと海外に赴任をしている父が、トルコやスリランカなど鉱石が採れる国にいた時、一時帰国する際に息子へのお土産として持ち帰ってきたのは、美しい鉱石だった。静かで、美しく、一つとして同じものはない鉱石たち。それはいつしか祐一郎の心を動かし、癒す存在となっていった。以来、科学系の博物館や、地層や地形を見に出かけたり、鉱物を集めたりするのが趣味になった。しかし、それはあくまで祐一郎の趣味で、英文科の女子大生が地層好きというのはキャラ設定を間違えた気がする。 「あ、あの吉田さんは何が好きですか?」 取り繕おうにもう遅い。話を変えようと、無理やり質問で返した。 「圭介でいいよ。あと敬語じゃなくていいから」 そう言って微笑まれ、さらに課題が増えてしまった。人見知りの自分にとって、敬語の方が話しやすいのだ。 「はい……あ、うん。あの、頑張ります……。け……圭介くんは、何が好き?」 「そうだなぁ。俺は、宇宙かな。小さい頃から好きなんだ。天体観測も好きだし、プラネタリウムもたまに行くよ」 「そうなんだ。私もプラネタリウム好き……です。よく一人で行きます」 「一人で?」 聞き返されるとは思わず、また動揺する。話を変えようと振った話題で、調子に乗って余計な返答をしてしまった。さらに掘ってしまった墓穴に、自ら入ってしまいたい。 「……あ……うん」 もう否定するには時すでに遅く、目を泳がせながら肯定した。 ――あれ、一人でプラネタリウムに行く女子って……そんなに、まずかった……? もはや、どう答えるのが正解か全くわからなくなって途方に暮れる。亜美のような華やかな英文科の女子大生、有川祐子像はぐちゃぐちゃだ。否、そんな虚像、もともと作り上げるのは無理だったのだ。 「俺も好きだよ、一人プラネタリウム。気分転換したい時にいいよな」 百面相をしながら冷や汗をかく祐一郎に、圭介は優しく微笑みかけてくれる。まだ頭は混乱しているが、その表情に、ほっと息を吐いた。つられて、祐一郎も自然に微笑みを返す。祐一郎に話を合わせてくれたのだろうか、圭介の優しさに緊張でガチガチだった体が少しずつ解れていく。 それからは少しだけ圭介の宇宙談義が続き、祐一郎も次第にリラックスして話ができるようになっていた。圭介の口調は穏やかで優しく、会話のテンポが心地良かった。
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