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第一章
彼に出会ったのは、雪がちらつく寒い冬の日だった。
極度の緊張から、第一志望であるE大学の最寄り駅で吐き気を催した僕は、駅前の街路樹に沿うように設けられたベンチに座っていた。試験開始までは、まだ余裕がある。人気もまばらな早朝、道行く誰もが通り過ぎる中、声をかけたくれたのが彼だった。
「大丈夫?」
ガタガタと震えながら、吐きたいのに吐けず、気分の悪さに手で口を押さえていた僕は、声が降ってきた頭上を見上げた。すらりと高い長身、紺のピーコートにシンプルなグレーのマフラーを巻いた彼は、少し垂れ目の綺麗なアーモンド形の瞳に、すっと通った鼻筋で、俳優かモデルと間違えられそうなくらい整った優し気な顔立ちをしていた。女子にモテるだろうな……とぼんやりした頭で考えながら、つい見惚れてしまう。深緑のチェックのズボンを穿いているので、コートの下はブレザーの学生服だろうか。僕と同じ、E大学の受験生かもしれない。
「気持ち悪い?」と聞かれ、小さく頷く。青褪めた顔で口元を押さえた僕を見て、そう判断したのかもしれない。彼は「ちょっと待ってて」と呟くと、僕の前から立ち去った。
ほどなくして戻ってきた彼が手にしていたのは、水のペットボトル。座り込む僕の隣に座り、軽くキャップを弛めて手渡してきた。
「良かったら飲んで」
僕は手を伸ばした。寒さで悴かじかんだ指先でも、容易にキャップが開けられる。何度か少量の水を口に含んで嚥下する。そして喉元を流れていく冷たい水は、気持ち悪さをすっと消し去っていった。しばらく二人でベンチに座っていた。彼は行かなくて良いのだろうか、そう思ったところで水の代金を払っていないことに気が付いた。
「あの、これ……、ありがとう。お金……」
「別にいいよ」
「でも……」
「俺が勝手に買ってきたんだ。気にしなくていい」
助けてくれた見知らぬ人に奢ってもらうのは、申し訳ない。どうしようかと考えあぐねていると、彼はすくっと立ち上がった。
「動けそうか? 動けそうなら行こう。今日、試験受けるんだろ?」
「……うん」
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