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第三章
「ゆーうちゃん!」
ぼんやりと歩いていると、気が付けば自宅マンションの敷地内にある中庭まで戻って来ていた。声を掛けられて俯いた視線を上げると、亜美が中庭のベンチに座って手を振っている。今晩は、もともと買い物終わりに亜美と夕飯を食べる約束をしていた。伯母夫婦も出かけていていないため、外で食べて帰るつもりだったのだ。思わぬ展開になって亜美と別れてしまったが、先に家に帰っていた亜美にもうすぐ帰ると連絡をしていたのだ。タイミングを見計らって祐一郎が帰ってくるのを待っていたのだろう。
「どうだった?」
「……うん、まあ、どうにか……話せた」
「そっか。良かった良かった」
優しく微笑む亜美に、祐一郎も安堵する。亜美の纏う空気は、圭介のそれに少し似ている気がした。
「着替えてからどこかに食べに行く? それともこのまま行く?」
「あ……ええと、着替えようかな」
亜美の家に行き、朝着替えたまま亜美の部屋に置いて行った服に着替える。ベージュのコットンパンツに、シンプルな白いシャツ。ボブの長さのウィッグを外し、顔を洗って化粧を落とすと、少しすっきりとした。
「亜美ちゃん、お待たせ」
亜美と連れ立って、商店街や飲食店が立ち並ぶ最寄り駅まで歩く。日が落ちると、少し肌寒い風が、浮足立った体に心地が良い。
「亜美ちゃん……実は、連絡先をもらってさ……」
「え? 圭介くんに?」
「うん……」
圭介と別れてから、ずっと考えていた。別れ際、少し焦ったような、照れたような表情で渡された連絡先。あの日、祐一郎を助け、お守りをくれた圭介が、祐一郎と連絡を取りたいと思って渡してくれた繋がりを、無視してしまっていいのだろうか。優しく微笑む圭介の表情が、ずっと頭に残っている。しかし、圭介と連絡を取るということは、嘘をつき続けるということなのだ。偽りの自分でしか、会うことはできない。今更正直に話す勇気もない。
――そんな状態で繋がるなんて……、許されない……よな。
答えが出ないまま、ぐるぐる巡る思考。なんてことないような声音で、亜美に打ち明けたが、亜美は真剣な表情を向けてくる。
「祐ちゃんは、どうしたいの?」
――僕が……、どうしたいか。
亜美の言葉に、祐一郎は固まった。心臓の鼓動はどんどん速くなり、苦しくなって小さく息を吐いた。真剣な眼差しの亜美に気圧される。その瞳に嘘はつけない。
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