第四章

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第四章

圭介と連絡を取り始めて数日が過ぎた。 連絡は日に数回。朝から昼に1~2回、夜は数回やり取りをする。基本的に祐一郎の返事を待って次のメッセージが返ってくるため、日中に祐一郎が返事をしなければ、夜になっても何も来ない日もある。祐一郎にとって、毎日、何の用件もないのに、同じ人とやり取りするのは初めてのことだった。最初は戸惑っていたが、最近では、圭介からの連絡が欲しくて、つい返事を送ってしまう。内容は日常の些細なことから、お互いの趣味のことまで様々だ。圭介との些細な日常の共有を送り合うのは、楽しかった。環境も、価値観も違う、同性で同学年の友人。新しい発見ばかりだが、時に共感もする。それが、祐一郎にとっては新鮮だった。 「日野!」 呼ばれて振り返ると、同じ理学部地質科学科の広瀬将(ひろせしょう)が立っていた。学生番号が隣り合う広瀬とは、E大学入学式以来、仲良くしている数少ない友人の一人だ。 「おはよう、って言ってももう午後だけど」 広瀬は、身長は170センチほどとそこまで大きくないものの、ふくよかな体型をしているせいか大きく見える。恵比寿顔で鷹揚な性格のせいか、一緒にいると和む存在だ。表情が乏しく常に受け身の祐一郎にも、いつもにここにと話しかけてくれる。しかし、今日の祐一郎はそんな恵比寿顔にも和めないほど、緊張していた。 「あれ、珍しいね。眼鏡かけてるなんて」 眼鏡をかけた祐一郎を初めて見た広瀬が、驚いた表情を見せる。目は悪いのだが、普段は日中コンタクトレンズをしていて、眼鏡をかけて出かけることは滅多にない。大学に眼鏡できたのは初めてのことだ。 「あ……う、うん……。コンタクト切らしちゃって……」 本当は、コンタクトなど切らしていない。気休めの変装だ。そんなことを広瀬に言うことなどできない祐一郎は、適当にごまかすと、連れ立って教室に入っていく。広瀬と軽い雑談も、祐一郎は相槌を打つのが精一杯で、心臓が口から出そうなほど緊張していた。 あの奇跡の再会から約一週間、今日は宇宙物理学概論がある金曜日。そしてついに4限がやってきてしまったのだ。 ――緊張する……。 俯きながら教室内を歩き、広瀬と共に後方席に腰を掛けた。黒板と教壇を囲むように半円に席が設けられた階段教室は、すでに半分以上が学生で埋まっている。 ――あ……。 授業開始間際、教壇近くの前方入口から圭介が入ってくるのが見えた。政治経済学部がある文系キャンパスから、理学部のキャンパスまでは遠く、急いでもぎりぎりになってしまうのだろう。祐一郎は最後列に近い席に座っているため、見えたと言っても距離は遠い。 教授の話を聞きつつも、祐一郎は圭介の背中から視線を外すことができず、複雑な面持ちで眺めた。圭介が同じ空間にいると思うと、90分の授業はあっという間に過ぎていく。授業が終わってホールを出る際も、前方出口から出ていった圭介を見送った。祐一郎はのんびりと支度をして、最寄りの後方出口からホールの外へ出た。 今日の授業はこれで終わりだ。5限を取っている広瀬と別れ、祐一郎はどこにも立ち寄ることなく家路についた。帰りの電車に揺られながら、祐一郎は圭介のことを考えていた。圭介と再会したあの日から、祐一郎が圭介のことを考えない日はなかった。大学にいて、祐子のスマホに新着メッセージの通知が来ると、ドキドキした。学内にいるだろうか。もしかしたら、どこかですれ違うかもしれない。そんな小さな期待に、祐一郎の胸は疼いた。冷静に考えれば、大学にいたとしてもすれ違う可能性はかなり低い。理学部と政経学部の校舎は遠く、歩くと十分はかかる。そもそも理学部生の祐一郎に、政経学部や他の文系の学部の校舎に行く機会はほとんどなく、逆も然りなのだ。 ――たとえすれ違ったとしても、声なんてかけられないのに……。 そんな想いを抱えながら、一週間ぶりに見た、圭介の姿。本当に同じ授業を取っていたのだ、という感動と、その背中をずっと見ていたいという気持ちに、祐一郎は困惑した。胸をざわざわと撫でていく、この疼きが何なのか、祐一郎自身にはよくわからなかった。
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