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第五章
土曜日は生憎の雨だった。台風ではないが、大粒の雨が朝から激しく降っている。今日は日中も弱まることなく、夜まで雨が降り続く予報だ。
「はい、できたよー! うん。今回も我ながら上出来」
亜美の言葉に、閉じていた瞼を上げる。亜美の部屋にある全身鏡の前で化粧をしてもらった祐一郎は、目の前に置かれた鏡で自分を確認した。アイメイクを中心にナチュラルに仕上げられ、色の白い肌には淡い桜色の頬紅、薄い唇にはコーラルピンクの口紅が引かれている。服装は、白く軽やかなチュールスカートに、モノトーンボーダーで七歩袖のカットソー、肩に黒いカーディガンを羽織った清涼感たっぷりのコーディネートだ。
玄関で、白いスニーカーを履くと、「じゃあ、行ってきます……」と神妙な面持ちで呟いた。
「うん。雨だから気をつけてね。ハンカチ持った? 忘れ物ない?」
家の玄関まで見送ってくれた亜美が、小学生の子供を送り出す母親のように、世話を焼いてくる。
「大丈夫。そうだね、道も混んでるかもしれないし」
出掛け際の他愛もない話しだったのだが、亜美の表情がぱっと驚いた顔に変わる。
「え? まさか車で行くの?」
「うん、そうだよ。なんで?」
何かおかしかっただろうか。マンションの地下駐車場にとめてあるのは両親の車で、祐一郎が運転する車に一番よく乗っているのは亜美だと言うのに。
「祐ちゃんが運転するの?」
「もちろん、そうだけど……」
亜美の反応に、祐一郎は少し不安になる。
「そうなんだ。初めてのお出かけで、女子が運転するってなかなかなさそうだけど、まあいいか」
驚いた表情から徐々に面白そうに、悪戯な笑顔になる亜美に、祐一郎はますます不安になってきた。
「おかしかったかな……。昨日、明日雨だから行くの大変だね、って話になって、行き先変えるか、どうしようかって聞かれたから、車出すよって言っちゃった……」
「なるほどね。まあ、いいんじゃない」
動揺する祐一郎をよそに、亜美はもう興味を失ったようだった。
「ほら、早く行かないと。七都科学館まで行くんでしょ。どこで待ち合わせなの?」
今日のメインの目的地は、自然豊かな郊外にある科学館だ。都心から少し離れているため、祐一郎や圭介の家からは電車で1時間、さらにバスで20分かかるが、車であれば一時間弱で着く。
「圭介くんのマンションまで迎えに行く」
「あら、素晴らしいエスコートっぷり」
けらけらと笑う亜美に見送られた祐一郎は、下降するためのエレベーターを待ちながら、「今から出る」と圭介にメッセージを送った。圭介のマンションまでは、車であれば15分ほどで着く。方向はわかるが、念のためもらった住所をナビに登録して出発した。
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