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第1章 逃避行
どこにでもあるような、ありふれた日曜日。
私は行き先も決めずに、電車に乗った。
どこまでも、どこまでも、行けるところまで行こう。
今日が終わって、明日が来ても、会社には行けないくらい遠くへ。
何も考えないままぼーと1時間も電車に揺られれば、車窓から見えるその風景の中から家々の屋根の数は次第に減りはじめた。
代わりに、木々の緑や土の色が目立ちはじめる。
私は目的もないままに、視線を車窓から車内へと移した。
寄り添って手をつなぎ合うカップル。
はしゃぐ子供を小声で叱る母親。
スマホの画面を夢中になって見ている女の人。
小さなノートパソコンを膝の上で、しきりに操作するスーツ姿の男の人。
帽子をかぶり、リュックを背負った、高齢者の団体。
みんなそれぞれに、このありふれた日曜日を過ごしている。
私だけが現世を手放してしまったかのような感覚が全身を支配する。
__この電車、どこまでいくかな・・・
ふと目を閉じると昨日までの日常がまるで違う世界のことのように、遠く感じられた。
上司のセクハラ。
同僚の裏切り。
先輩からの嫌がらせ。
もうクタクタだった。
明日の午前中には、さっき投函した退職届も職場へ配達されるだろう。
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