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耳なし芳一だって?ああ、もちろん知っているさ。忘れるもんかね。
引きちぎられる痛みに耐え、叫びたい気持ちを抑え芳一は、亡霊たちが目の前から去ることだけを、必死に願っていたんだろう。
血汐でぬめる首筋は、さぞかし気持ち悪かったに違いない。
ところであんた、知りたくないかい?
亡霊たちが持っていった、耳の行方をさ。
長いこと、こんな商売していると、客の顔やしぐさをちょっと見るだけで、胸に抱えていることが、手に取るようにわかるんだ。
あんたも、あたしの店にやってきたのは偶然なんかじゃないんだろう。ようやく探し当てた、とも言いたげな目をしていたよ。
教えてやってもいいけれど、その代わり、もう一杯追加しておくれ。
おっと、ツケはご免だよ。こっちは毎晩毎晩、店を開けて、ようやく質素な飯が食える身の上なんだからさ。落ちぶれちまったもんだねえ。
水割りかい、お安いご用だ。同じ酒でかまわないかい?安い酒でも酔えればいい、あんた、そんな感じみたいだね。
さあて、続きを話そうか。
芳一から奪いとった耳は、残念ながら、あたしのとこには、もうないよ。
店を出す時、悪いところから金を借りてしまってね。値打ちがあると話をつけて、取り立て屋にあげちまったのさ。
当時で……そうだねえ、古物屋さんに見てもらって、片手にはなったかねえ。取り立て屋は驚いて、いそいそ持って帰ったよ。
だから、ここにはもう、芳一の耳はないんだよ。
どこへ行ったかも、わからないのさ。申し訳ないけど。
ところであんた、こんな蒸し暑い晩にどうして、髪をおろしているんだい?
結った方が、いくぶん涼しいじゃないか。耳がまるで見えやしないよ。
それに、さっきから怒ったような、悲しいような顔で飲んでいるじゃないか。
さかのぼって、何代目になる?
あの、お人好しな、耳をなくした琵琶法師から。
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