少年

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少年

 校庭に散った桜の花びらが風に舞うその日、私は懐かしい顔を見た。  期待と緊張の面持ちで校長の横に立つ彼は、真新しい白いシャツに頬を染め、当時の面影を残しながらも、誇らしく、大人の顔をしていた。  ──立花健一郎  彼はこの国民学校がまだ尋常小学校だった頃、私が初めて受け持った生徒だった。  新米の教師で、体が小さく足の悪かった私に、子供たちは容赦なかった。子供は見たままを口にする。だが、彼は違った。  小さな頃から投げかれられていた言葉に今更傷ついたりしなかったが、彼は私をからかう子供たちを捕まえては、拳骨を食らわせ泣かせていた。 「私なら気にしていないのだから」  そう言っても彼は「先生を悪く言う奴は許さない」と正義感を露わにした。六年生の彼はすでに私と同じくらいの身長で体格もよく、彼に逆らえる子供はいなかった。彼はガキ大将だった。  少し足を引き摺るようにして歩く私を見かねたのか、彼はよく私の手伝いをしてくれた。「大丈夫」と私が言っても「いいよ」と、濁りのない綺麗な瞳で無邪気に微笑んで見せた。だが、彼は時々その瞳の奥に、同時に子供らしからぬ鬱屈した何かを覗かせる事があった。それは体の大きな彼を、他の少年たちよりもいっそう大人に見せた。  私が「ありがとう」と、首を傾けると、彼は耳まで赤く染めた。大人びて見えても、まだまだ子供。そんな不均衡な危うさが彼にはあった。
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