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 花が枯れる音を聞いたことがあるだろうか。  それはちょうど、未来が潰える音に似ている。  彼女と一緒になら、因果地平の果てまで見渡せた。  彼女と出会うために(かえ)った自分は、同時に彼女と別れ虚数へと帰ることをパラダイム。  全てが終わろうとしていた。  彼にとっての全てが、余命宣告によってベッドに縛り付けられている女性を目で抱きながら。  視界が歪む。これから起こる全ての崩壊の予兆のような眩暈は、それ以上に強くなる様子はない。意識を失うほどに強烈なものであるならば、彼は夢へと身を任せただろうが。 「松風さんは、もう永くありません」  付き添いで行った病院で受けた説明に、彼の耳は研ぎ澄まされた。  聞き間違いを正すために、目の前の椅子に腰かけている白衣の男の言い間違いを正すために。  ただ、彼にとっても……医者にとっても、決して穏やかな話ではない。  膵臓癌。中高年の男性に多いというのだから、彼が暴れ出して椅子のひとつも窓から投げ捨てたくなる衝動に拍車を掛ける。  それがありがちな病気で無かろうと、叫びながら血の手形で全てを殴り壊したくなる滾る衝動を抑えることはできなかっただろうが。  答えなんて要らない。存在するわけがないのだから。彼女に罪なんてあるわけもない。  何もかも手遅れだと云われてからの日々は、輝かしい闇そのものだった。  彼女がほほ笑むたびに絶望を味わう。彼女の温もりが死の冷気を纏った。彼女の声が弾む度に心臓がカウントダウン。 「なんかゴメンね。(うち)(はち)の世話までさせて」 「良いよ。別に」 「タンポポとか、咲いてる?」 「微妙だな。なんだっけ。セイヨウタンポポだったか。あっちの種がどっかから入り込んでいるらしくて、見分けが大変だ」 「あはは、本当にゴメンなさい。外来種の方が強いのよね」
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