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今まで鼻をくすぐっていることを気付きすらしなかった匂いが届いていた。
自分が生まれたのは莉奈に出会うためであると確かに理解できるほどに彼女を愛していた。
誰かのために生きるということがどういうことか分かって、何度目か会ったときにそれは心の中だけでなくなった。
引き合うように、呼び合いながら、彼と彼女は会う回数は増えていった。
「きっと、これだね」
「何が?」
「私、きっと雄平に会うために生まれて来たんだよ! 今、分かったの」
雄平は震えた。莉奈が、自分が思っていたが口に出来なかった言葉を、音にしてくれた。
自分の中にある想いが、複製品のように彼女の中にも有る。だがそれはどちらもレプリカではなく、どちらもオリジナル。
自分と彼女がそれぞれ唯一で、それでも孤独とは程遠い。ひとつとひとつが合わさり、ひとつになる感覚。
それが恋だと彼が知ったのは、両親と許嫁に彼女と結婚すると宣言する直前だった。
というより、そうと気付いては、宣言せざるを得なかった、という方が正しいのだが。
車の無い時代の人間は車が無くて馬車は不便だとは思わないだろう。
携帯電話の無い時代の人間は、当然のように公衆電話に並んだだろう。
その想いを知る前の雄平は、持っていない状態当然だったが、手に入れてしまっては失えない。有って当たり前のモノ。
空気と同じように、水と同じように、自分にとって有るべきもので、当たり前のモノ。
相手にとって自分がそんな存在でありたい。海を泳ぐ魚のように、空に浮かぶ雲のように、共にある存在として生を受け、それが生まれてから合わさった。
ある日、体調が悪いからと向かった町の内科医で、ここでは検査ができないと紹介状を書かれた。
医者なんてものは往々にしてそんなもので、運動不足や肥満といった簡単な病気ほど病名を付けられない、ただの風邪か何かで病名を付けられないのだろう。
――そう話す雄平は、ハンドルを握る手が汗ばんでいる事実ごと捻るように曲げ、六階建ての市立病院のパーキングゲートをくぐった。
長く待ち時間ばかりの検査中も、莉奈は花の話をした。
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