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 雪も降り始め、冴える寒さの晩。  道路からは見えないが、星には届かない中途半端な高さの個室のベッドに莉奈は横たわっていた。本当の植物のように静かな息をして。  起きている間、歩くのも、話すのも、食べるのも、何をするにも苦痛が伴い、それを低減するための薬はどれも強すぎて、農薬のようだった。  副作用で根が膨らみ、花弁は落ち、茎はささくれて、起きている時間が短くなっていった。  眠れる内は眠った方が良いと思っていたが、雄平は、さよならと云うタイミングが判然としないことに怯え、反面、安堵していた。 「……さよならなんて、云いたくないないけどよ、ありがとうとは云いたいな。  俺と生きることを選んでくれてありがとう……って」  どれだけ目を瞑っていても、ハツラツとすることはない。病気が治ることもない。  それでも眠らないわけにもいかない。何時間も起きているだけの気力と体力を保てないほどに癌は奪っている。 「――このまま、逝くか? 莉奈」 「そうね、そのままだと死ぬわね。その人」 「……!?」  女の声だが、莉奈のものではない。  甲高く癇に障る頑是(がんぜ)も無さそうな、バカな小娘のような声だった。  ドアは開かずノックも無かった。シャッターカーテンの下から華奢な身体を捻りながら童女は滴るように部屋の中に現れていた。  肩に掛かるビビットな桃色の頭髪は、寒い空気を引きずるように流れ、大きな瞳は挑発的な色を浮かべている。 「……ここは五階で、うちの女房の病室だぞ」 「知ってるよ。窓から入って来たじゃん」  登れないことはないだろう。  だがそれは、ロープなりなんなりの準備をした大人が明るい内に一苦労しながら可能かもしれない、ということであって。  雲で空を覆われた暗がりの中、子供が易々と出入りできるという意味ではない。
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