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その想いを知る前の雄平は、持っていない状態当然だったが、手に入れてしまっては失えない。有って当たり前のモノ。
雄平にとってそれは莉奈だったが、莉奈にとっては必ずしも雄平だけを指すわけではなかった。特効薬。魔法の薬。
虚空から現れたに等しい現象は夢としか思えないが、先ほどまでの絶望の重さは夢であるはずがない。
「どんな条件でも良い。俺の命でも魂でもなんでもくれてやる! それをくれ!」
「やった! 良いの!? 条件も聞かずに!」
「莉奈の命が助かるなら、それ以外に何も要らない。寄越せ!」
タタン、とマリアの刻んだ軽やかなステップが暖房の音と重なった。
歓喜の音楽とばかりのそれに加え、マリアはガッツポーズをして見せた。
「本当に本当!? やった! こんな安い癌の特効薬だけで、くれるの!」
「ああ! 構わない! なんでも持っていけ!」
「んっふー♪ 未来の法律だとこれで成立だけど、一応この時代の法律も合わせて……これにサイン貰える?」
剥がすように雄平はA4とB4の間のような妙な形の五角形の用紙を奪い取り、署名欄を探して書き込んだ。
内容に目を這わせはしたが、意味は理解していない。
吉橋雄平の“平”の字、最後の縦線を引いた瞬間、ピョンピョンとマリアが跳ねた。
「おい! 早くその薬を寄越せ! 俺が飲ませる!」
「違う違う。これ、飲む薬じゃないから。あたしが使ってあげる」
軽い足取りで莉奈のベッドの足元に回り、ガバッと足元を出す。
むくみ防止で靴下も履いていない素足を確認すると、マリアはカプセルのグニョグニョとした中身を、莉奈の つちふまずから指の間へと塗り込むように押し込んでいった。
ぐにょぐにょ、ぬりぬり、ねちゃねちゃ、びよんびよん。
足ツボマッサージにも似ているが、ツボや経絡を意識している様子はなく、ただただもみ込んでいるようにしか雄平には感じられなかった。
「一番効く薬は、経口じゃなくて経足、これ常識よ?
……未来のだけどね」
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