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「いやーお前が引き受けてくれて助かったよ」
「…俺にとってもプラスの話だったからな」
高校卒業後、隣町の専門学校の級友と上京した。
ゲームの脚本家になりたいと言う彼は、イラストで少しずつ収入を得始めた俺に仕事を持ってきた。賞をとったノベルの表紙絵や挿絵を担当してほしいらしい。
「でも俺で良かったのか?」
「僕のことをよく知ってる奴に頼んだ方が、文と絵の雰囲気が馴染むんじゃないかと思って。それにお前のセンスは信用できるからな」
こうして今は編集社との打ち合わせに向かっている訳だが、彼…碧馬は緊張する様子もなくニコニコしている。
「…あそこの喫茶店だよな。相手の顔はわかるのか?」
「担当者さんとは一度会ってるから大丈夫」
「女性だっけ」
「そうそう、すげー美人でさ…って、萩はあんまそのへん興味ないか」
ドアを開けると珈琲豆と煙草の香ばしい匂いがふわりと漂った。
小綺麗なウェイトレスに窓側の席を勧められ、取り敢えずホットコーヒーをふたつ注文する。
「もう着くって連絡が来たけど…」
「そういえば、相手の名前は?」
「深津さんだよ」
「…?」
聞き覚えがある名字だった。
どこかで何度も耳に、目にした気がしてならない。
「?どうした」
「いや…」
掲示板に張り出された成績上位者。
クラスメイトが何度も見つけて騒いでいた恋文の宛先。
「あ、来た来た。深津さん!こっち!」
初めて異性から貰った年賀状の送り主。
…桜のスケッチの裏に書き込んだイニシャル。
「遅れて申し訳ございません。私、アオバ先生と秋草先生の担当をさせて頂きます」
俺は、神様に感謝すればいいのか?それとも恨めばいいのか?
怠惰な俺には、考える暇すら与えられなかった。
「深津凛香と申します」
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