受難

2/3
前へ
/10ページ
次へ
「いやーお前が引き受けてくれて助かったよ」 「…俺にとってもプラスの話だったからな」 高校卒業後、隣町の専門学校の級友と上京した。 ゲームの脚本家になりたいと言う彼は、イラストで少しずつ収入を得始めた俺に仕事を持ってきた。賞をとったノベルの表紙絵や挿絵を担当してほしいらしい。 「でも俺で良かったのか?」 「僕のことをよく知ってる奴に頼んだ方が、文と絵の雰囲気が馴染むんじゃないかと思って。それにお前のセンスは信用できるからな」 こうして今は編集社との打ち合わせに向かっている訳だが、彼…碧馬(あおば)は緊張する様子もなくニコニコしている。 「…あそこの喫茶店だよな。相手の顔はわかるのか?」 「担当者さんとは一度会ってるから大丈夫」 「女性だっけ」 「そうそう、すげー美人でさ…って、(しゅう)はあんまそのへん興味ないか」 ドアを開けると珈琲豆と煙草の香ばしい匂いがふわりと漂った。 小綺麗なウェイトレスに窓側の席を勧められ、取り敢えずホットコーヒーをふたつ注文する。 「もう着くって連絡が来たけど…」 「そういえば、相手の名前は?」 「深津さんだよ」 「…?」 聞き覚えがある名字だった。 どこかで何度も耳に、目にした気がしてならない。 「?どうした」 「いや…」 掲示板に張り出された成績上位者。 クラスメイトが何度も見つけて騒いでいた恋文の宛先。 「あ、来た来た。深津さん!こっち!」 初めて異性から貰った年賀状の送り主。 …桜のスケッチの裏に書き込んだイニシャル。 「遅れて申し訳ございません。(わたくし)、アオバ先生と秋草(あきぐさ)先生の担当をさせて頂きます」 俺は、神様に感謝すればいいのか?それとも恨めばいいのか? 怠惰な俺には、考える暇すら与えられなかった。 「深津凛香と申します」
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加