初戦

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時折、「こいつは俺の知ってる深津凛香ではないのではないか」と思うことがある。同姓同名というやつだ。 顔は間違いなく彼女なのだが、以前は清楚さが際立つちょっと抜けたような、冷めたような目をしたお嬢様だった。今は髪もメイクも完璧に決め、バリバリと働く新人編集者だ。 その上、彼女は俺をつい最近初めて会った人として扱っている。俺が忘れろと言ったのだから当然と言えば当然だが、初めての打ち合わせでも一切動揺した様子を見せなかった。 「秋草先生、お紅茶が冷めますよ」 「あ、ああ…」 「ふふ…何を考えてらしたんですか」 くすりと笑ってタルトのいちごをひとつ口へ運び、ゆっくり噛み締めてから再び俺を見る。 「作家の先生方は何か思いついたことがあると急に意識がお空に飛ぶようですけど、今は私を見てくださいね?」 間違いない、やっぱりあいつだ。純粋な笑顔で言葉を武器に人を弄ぶ。あの川辺でだけ見せていた彼女だ。 俺は昔よくやったように鼻で笑って肩を少しすくめて、チェリーティーに口をつけた。 「…それは悪かった。ではよく口の回る美人さんのお話を聞こうか」 「お上手ですね、言葉のセレクトが。私、嫌いじゃないですよ?」 それからはたわいの無い話をしていた。休みは何をしているかとか、最近観ているドラマやアニメなど、適当な話ばかりだ。 ただお互いに避けるように、学歴や過去の話は一切しなかった。
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