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三月の無常さと五月のけだるさを混ぜた空は、私の頭上でぽたぽたと涙を流していた。それは撫でるように柔らかなものなのに、少し触れれば皮膚を切り裂いてしまいそうな冷たさも有していた。
それが小さな針のように私を打ちつけるものだから、その痛みで私まで涙がこぼれてしまう。でも大丈夫。四月の雨は、それさえも隠してくれるから。
「なにしてるの?」
突然雨がやんだと思ったら、しゃがんだ私の頭の上には傘が掲げられていた。どこにでもある透明のビニール傘だ。雨はそれにはじかれて、ぽたぽたと下に垂れていく。それが水たまりに落ちて、不規則な音楽を奏でていた。
そんな雨音よりも穏やかに、そして静かに響く、誰かの声。雨から私を守ってくれた傘の持ち主だと、想像に難しくなかった。けれども、顔をあげる勇気がない。自分の姿を隠すように、いっそう小さく体を縮めて、ひたすらに真下の水たまりの波紋を眺めていた。
「聞こえなかった? なにしてるの?」
「……」
「おーい。風邪引くよ。俺が」
そう言われて、慌てて顔をあげる。濡れて歪んだ視界の中、少し屈んで私に傘を差しだす男の人の姿が見えた。藍色のブレザーと、赤いネクタイ。左胸には校章のワッペン。どうやらうちの高校の生徒のようだ。
というか、それ以外ないだろう。だってここは校舎裏。それも今は入学式の最中だ。こんな時間にこんなところにいるなんて、うちの生徒以外ありえないから。
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