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side 悠
会社の定時は5時15分。現在の時刻6時15分。
残業一時間か…時計を確認して一息つく。
入社して6年も経てば仕事を切り上げるタイミングも見通しも判るもので、頭の中で今後の予定を組み立てて「よし。」と呟く。
この調子なら今日はもう帰れそうだ。
パソコンを閉じて周りを見回すと、今年入社の新人くんが帰ろうかどうしようか悩んでいるのがわかった。
あぁ、上司や先輩を差し置いて帰って良いものか分からないってとこかな。
自分の机を片付ける部長に声を掛ける。
「部長、企画書の訂正出来上がりました。メールしときましたのでお願いします。」
それまで頭を撫でながらファイルを捲っていた部長は、俺の声を聞いてチラリと視線を向けてから軽く手を上げて応えてくれる。
「んーお疲れ~。」と聞こえるか聞こえないかの返事をする部長に頭を下げ、周りの同僚に挨拶を済ませながら手早く荷物を纏めると出口に向かう。
目で何かを訴える新人くんについ笑みがこぼれた。
「ほら山下。お前も帰るぞ。」
肩を軽く叩いて促すと、さっさと歩き出す。
後ろから「お先に失礼します!」という声が聞こえたと思ったら、バタバタと新人くんが追いかけてくるのが分かった。
「ありがとうございます篠崎さん!」
「ん」
簡単に返事をすると、新人くんはニコニコと人懐っこい笑顔を向けて「失礼します!」と走って行く。
そんなに早く帰りたかったのか…。
彼女でも待たせてるのかもしれないと、新人くんの後ろ姿を見送った。
…彼女か。
二年前に別れてから今まで、恋人と呼べる特定の相手がいない自分。
28にもなって彼女どころか好きな人すらいないことに若干の焦りを感じないでもないが、こればかりは無理につくれるものでもなく。
…いつかそういう人が現れれば良いけどな。
そんなことを思いながら駅までの道を歩いた。
何てことはない、何も変わらないいつもと同じ日常。
晩飯は肉にしよう…なんて考えながらコンビニに寄る。
そこでの出会いが、これからの人生を大きく変えるなんて、この時の俺は想像もしていなかった。
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