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俺は「Thanks」と短く礼を言って、半券に記された3番シアターを目指す。ここでは基本的に席は早い者勝ちだ。
とは言えこの映画館に席を争うほどの客が来るのかと言われれば答えはNo。今日だってカウンターを通りすぎた先の待合室はがらんとしている。
聞こえるのは侵入者を警戒するような空調の低い唸りだけ。
俺は皮張りの重い扉を開けてシアターへ入った。
上映開始まではあと20分近くある。
これならシアターのど真ん中、最もスクリーンがよく見える特等席は俺のものだろう――
と、思ったのだが。
「よう。遅かったな、ボウズ」
意気揚々と扉を抜けた先。まだ照明の明るいホールで座席を見上げた俺は、立ち止まって「Shit!」と悪態をついた。
何故なら俺が今日こそはと奪取を目論んでいた特等席に、年配の男が1人。
薄い唇を皮肉げに歪めたロマンスグレーの男だ。ちなみにその男が口にした〝Brat〟というのは名前じゃない。アレは〝悪ガキ〟とか〝イタズラボウズ〟とかいう意味のナメた言葉だ。しかしあの男は決まって俺を〝Brat〟と呼ぶ。こっちの抗議なんて聞きゃしない。
「またあんたかよ、Fart」
だから俺も負けじと目を眇め、心底憎々しげにそう呼んでやった。
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