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 マイソンが落ち着いた口調でそう諭すと、アイリーンはうつむき口を噤んだ。かつてこのニューヨークで起きたあの悲しい事件の記憶は、長い歳月が過ぎた今も鮮明に残っている。  それはアイリーンも同じだろう。大人から子供まで、誰もが衝撃を受けた事件だったから。  そのとき廊下から足音がして、小学校に上がったばかりの息子が眠い目を擦りながら現れた。「おはよう、パパ」とあくび混じりに告げたジョーイはまだパジャマ姿で、瞼も眠たそうに垂れている。  そこで自然、アイリーンとの会話は打ち切りになった。仕事を辞める、辞めないなんて、少なくとも幼い子供に聞かせるような話じゃない。  彼女は遅れて現れた我が子を見ると、諦めたようにため息をついた。それから表情を切り替えて、よたよたやってくるジョーイを促しにかかる。 「おはよう、ジョーイ。ほら、早く席に着きなさい。急いで学校に行く準備をしないと、パパに置いていかれるわよ」  「うーん」と生返事をしながらジョーイは隣の席に着いた。未だ寝惚けた様子ではあるが、こうして息子と朝食を囲むのは何だか久しぶりのような気がする。 「おはよう。相変わらず寝坊助だな、ジョーイ」  そう言って笑いながら、マイソンは息子の頭に手をやった。ちりちりに伸びた髪を撫でられ、ベーグルサンドを頬張ったジョーイは口元を綻ばせている。     
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