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 開け放たれた薄い扉の前で、男はそれ(・・)を見下ろしていた。  それ(・・)は人の形をしている。とりわけ少年と呼ばれる部類のものに近いようだ。  肌は黒くて、ひどく小さい。身長は男の腰と並ぶ程度。  頭皮にこびりつくように生えた髪は短く、さながら黒い苔に似ていた。それが余計に彼を貧相に見せている。ただでさえ痩せっぽちなのに、髪にボリュームがないせいでひょろひょろと頼りなげなのだ。けれどもそんな見た目の印象とは裏腹に、少年は異様に白い目で強情そうに男を見上げている。 「何の用だ」  男は、お前は誰だ、とは訊かなかった。ここデトロイトのスラムでは、食うに事欠いた子供が庇護を求めて大人を訪ねてくることも珍しくない。まるで年中ハロウィンをやってるみたいなものだ。だからいちいち誰何するだけ馬鹿らしい。  男は大抵の場合、翌日になれば前日会った者のことなどどうでもよくなって忘れてしまうし、仮に顔と名前を覚えたとしても、この街にいるのは次の日息をしているかどうかも分からない連中ばかりだった。  ゆえに、男は名を尋ねない。これまで無駄なことばかりの人生だったから、これ以上の無駄を重ねたくない。     
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