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 今日だってたまたま煙草を買いに行こうと家を出たら、そこにこの少年が立ち尽くしていただけのことだった。そうでなければ、たとえ何度やかましく玄関を叩かれようと、殺すぞと喚きながら扉を銃で撃たれようと、男は決して客人を迎え入れたりしない。 「何の用だ、と訊いている」  男は、同じ質問を二度繰り返した。それもまた無駄な行為だと分かっているから、自分で自分にうんざりする。  だが少年が物言いたげにこちらを睨み上げたまま何も答えないのだから仕方がない。いつまでも玄関の真ん前を陣取られていては迷惑だ。男は薄く乾いた唇から憂鬱を吐き出し、外套の袖口に手を突っ込んだ。  十月。日によっては外套がないと震えるような季節になっている。 「用がないなら帰れ」 「――パパ」  と、ときに少年が呟いた単語を聞いて、男は袖から抜こうとしていた手を止めた。  少年はたった一言発したきり黙り込み、なおも男を見上げている。心なしか緊張した面持ちで。 「……今、〝パパ〟と言ったか?」 「……」 「俺を〝パパ〟と呼んだのか?」 「……」 「お前、ここへ何しに来た」  最後にもう一度だけ、男は尋ねた。それで得心のいく答えが返ってこなかったら、この錆びだらけの非常階段みたいに味気ない踊り場から、躊躇なく少年を突き落としてやろうと思った。 「ママが、ここに来ればパパに会えるって」  しかし、少年は答えた。まるで未知の生物の鳴き声みたいに幼い声で。 「その〝ママ〟ってのは誰のことだ」     
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