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あれは、えっと……そう、蜩だ。昔、田舎のじいちゃんがそう教えてくれた。あの声を聞くと何だかなつかしい気分になる。
……なつかしい?
いやいや、そんなことはないだろう。だってぼくはこれからそのじいちゃんに会いにゆくのだ。なぜだか眠っている間にすごく長い時間が経過してしまったように感じるけれど、そんなわけない。たかだかじいちゃんちから一番近い駅で降り損ねて、もう少し先の駅まで来てしまっただけじゃないか。きっとそんなに遠くない。
ぼくは蜩の鳴き声しか聞こえない、あまりにも静かな駅のホームを見渡した。やっぱりここもぼく以外にはだれもいない。目の前にはうすっぺらく流線形を描くプラスチックの待合椅子と、その後ろに堂々と佇んだ駅看板があるだけ。
『かえで駅』
「……?」
ぼくはその看板の真ん前に立って首を傾げた。……〝かえで駅〟? そんな駅の名前は聞いたことがない。
ぼくは昔から電車が好きで、田舎へ行くとよくじいちゃんにせがんで意味なく電車に乗せてもらった。じいちゃんはそんなぼくにイヤな顔ひとつしないで、むしろ嬉しそうににこにこ笑うと、「そうか、そうか」とぼくの手を引き駅まで連れていってくれる。
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