0人が本棚に入れています
本棚に追加
/26ページ
そして特に目的地も決めずに電車に乗り込み、ただ線路の向くまま気の向くまま、一日中電車に乗っているのだ。だからぼくはじいちゃんのいる田舎の近くの駅ならみんな知っている。どの路線に乗ればどの順番でなんていう駅に停まるのか、ぜんぶひとりで言えちゃうくらい。
なのに。
「〝かえで駅〟なんて知らないぞ……」
もしかして、最近新しくできた駅なのかな? それにしては足元のコンクリートはところどころひび割れて、屋根を支える白い柱も塗装があちこち剥げてしまっているけれど。
……いや、やっぱりこれを〝新しい駅〟と呼ぶのは無理がある。それにぼくはきょろきょろとあたりを見渡すうちに、ここがとても奇妙な場所であることに気がついていた。
だってこの駅、駅舎がない。
あるのは今ぼくがいる孤島のようなホームだけ。
線路の向こうは山。どっちを向いても山。それも斜面を覆う木々は真っ赤に燃えて、目に痛いくらいだ。
時折吹く風に乗ってひらひらと舞っているのは、赤く染まった楓の葉。ああ、そうか。だから〝かえで駅〟。
右を見ても左を見てもそびえる秋色の巨大な壁は、今にも両側から迫ってきてこのコンクリートの孤島を押し潰しそう。ぼくはその間でぺしゃんこになってしまう自分を想像して、思わずひゅっと首を竦めた。
カナカナカナカナ……
蜩が鳴いている。
何だろう、ここ。
少し、怖い。
そのときだった。
突然プシューッと大きな音がして、ぼくはその場に飛び上がった。
最初のコメントを投稿しよう!